鶴は千年、生活下手

2005年07月10日(日) ぷらむの日

今日はぷらむの日。
夫がいいと言ってくれたので、歌会後の納涼会にも参加した。

今月のお題は『集』。

 集まれば互いが心の支えだと難病トリオ 姉、従姉、われ(市屋千鶴)

 子を連れて集う母らは手始めに子の月齢を推測し合う(市屋千鶴)

 星戦の記念グッズを集めれば一番先に「ジャバ・ザ・ハット」(市屋千鶴)

一首目。
姉は、わたしと同じ多発性のう胞腎で人工透析中。
従姉は膠原病の一首、多発性筋炎である。
身内の新年会や旅行や暑気払い会などで集まると、従姉は姉に対
して決まってこう言うのである。
「あんただけが頼りなんだから、先に死んだりしちゃ駄目だよ。」
と。
まあ、わたしも腎臓の温存期ではあるが、毎月通院していること
もあり、難病仲間になった。
姉と従姉は同じ年で、田舎にいる時から仲が良く、上京してから
も数年間を共に暮らした間柄である。
身内で何か企画する時は、その二人が中心だった。
難病を抱えた今でも、昨年の旅行は二人が企画してくれた。
互いの存在が、心の支えになっていることは間違いないのだ。

二首目。
子育てサロンに集う場合は、子供の背中に名前と月齢を書いた紙
を貼付けるので、月齢を推測し合ったりはしない。
しかし、こどもセンターや公園で同じくらいの子供を連れた女性
と遭遇すると、一番最初にするのはお互いの子供を見ることだ。
母親の顔を見るよりも先に、子供の月齢が気になる。
自分の子供と同じくらいなのか、とか。
同じくらいに見えるがやっていることはかなり器用なことのよう
だ、とか。
母性本能という奴なのか、母親は子供同士を見比べるものなのだ
ろう。
あからさまにじろじろと見比べることでないとしても、手始めに
することは、他の子の月齢を推測して自分の子供と比べることな
のである。
しかしそれは、優越感に浸るためでもなく安堵するためでもない。
話のきっかけが欲しいのである。
そして誰もが、我が子のことを話したいと密かに思っているのだ。

三首目。
この歌を作るもとになったエピソードを話した。
話の方がずっと面白いので、説明的な言葉(「記念グッズ」)や
注釈(発表時には「ジャバ・ザ・ハット」の注釈付き。)を除い
て、「星戦」と「ジャバ・ザ・ハット」だけを活かしてみてはと
いう助言をいただいた。
この件は、明日の日記で。

納涼会を終えて帰宅すると、もぐちゃんは夫と一緒に寝ていた。
シャワーは、どうやらもぐちゃんだけを洗うという方法でクリア
したらしい。
昼寝をしなくて、散歩のあとで寝たのが夕方の五時。
一時間ほど寝て起きたら、大泣きしてしまったらしい。
用意した夕飯も、大好きなフォローアップミルクも、それならば
と与えたオレンジジュースも拒み、小さいゼリーを与えたらそれ
は食べたのでゼリーを食べさせたのだと夫は報告した。
夕飯以外は、いい子だったということだった。
きっと、起きた時に母がいなくて、泣いても現れなかったので、
へそを曲げたのだろう。
夕方に寝たのがまずかったのだなぁと夫と反省会。


 < 過去  INDEX  未来 >


市屋千鶴 [MAIL]