鶴は千年、生活下手

2005年02月17日(木) 校門までの友情の話ー2

北山形駅からの3人連れ。
わが母校の隣には工業高校が有り、グランドを共有していた。
同じ中学から、この工業高校にも一人、青木君が入学していた。
青木君は、中学3年の時に同じクラスで、学級委員であった。

他中学から来た生徒たちと一緒に通うような間柄になるまでは、
時間がかかった。なにしろ女子は13人だ。
そのうち同じ路線で列車通学していたのはわたしともう一人。
その子は隣のクラスで、列車に乗る場所も時間もずれていた。
同じクラスの女子生徒はわたしと同じ名字で、すぐに仲良くなっ
たし、北山形駅からの通り道に彼女の家は有ったのだが、彼女の
お兄さんも同じ高校だったので、彼女はお兄さんと一緒に通って
いた。

そんなわけで、自然と北山形駅から高校までの道のりはわたしと
柴崎君と青木君とで歩くことになっていた。
何を話しながらだったのかは覚えていないのだが、それぞれが別
の友人達と歩くようになっても、一緒に歩くことがあった。

冬になって母が車に乗らなくなると、わたしは下宿生活を始めた。
柴崎君や青木君と列車で一緒になるのは、土曜日の帰りくらいの
ものだった。
しかし、春になって母が車に乗れるようになると、わたしはまた
列車通学に戻ったのだった。
冬だけ下宿するという同期生は多かったので、春になって久しぶ
りに同じ列車に乗り合わせると、わいわいと話がはずんだ。
北山形駅からの三人連れも、時々は復活したりした。
別々になっても、歩くルートは三人とも似たり寄ったりなので、
それぞれが一人だったりすると、やはり三人並んでしまうのだ。

二つの高校で共有しているグランドの入り口で、三人は別々に歩
き始めるのだった。
青木君は工業高校の入り口に向かい、柴崎君は通用口に向かい、
わたしは女子更衣室に向かって歩いた。
学校の中に入れば、それぞれの学校やクラスでそれぞれの生活が
ある。

そんなわたし達は、お互いを呼ぶ時に特徴が有った。
下宿生の柴田君や工業高校の青木君は、中学の時に同じ名字がい
なかったので名字で呼び捨て。
わたしや柴崎君は、同じ名字が数人いたので、名前で呼び捨てな
のである。
女子生徒は、わたしを名前で呼んだ。ちゃんづけの人もいた。
柴田君や柴崎君や青木君も、名字か名前かの基準は同じだが、呼
び捨てする女子生徒はほんとに少なかった。
転校したてのわたしが呼び捨てにしていたのは、特別だったとい
っても過言ではないだろう。
柴田君と青木君は同じクラスだったからそうでもないが、柴崎君
はとなりのとなりのクラスだったのだから。
もっとも、高校でも同じクラスになった男子生徒は呼び捨てにし
ていたことが多かったので、それはわたしが男っぽかったからな
のかもしれない。

高校の生活では、女子を名前で呼び捨てにする人はほとんどいな
かったので、わたしと柴崎君が名前で呼び捨てにし合っているの
は何か特別な間柄に見えたらしい。
柴崎君の部活の先輩が、呼び捨てし合うわたし達を見て、お前達
はどういう関係なんだと、柴崎君に問いつめたことが有ったそう
だから。(笑)
いや、男同士みたいなもんだから、と答えたかどうか。(爆)

たった1年、同じ中学だっただけなのに、男同士のように仲良く
してくれた彼らに感謝したい。
たとえ、それが校門までの友情だったとしてもだ。

 校門を出てから気付くこともある 呼び合う名前の心地よさとか
                          (市屋千鶴)


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