母が多発性のう胞腎だということと、それが遺伝する病気だとい うことを知った時は、確かにショックだった。 しかし、そのころわたしはまだ27歳だったし、自分が母の年に なるまでは30年もあるのだから、それまではまだ普通に暮らし ていられると思った。
わたしは、顔や体質は父方に似ているが、骨格は母方の骨格だ。 おまけに体格がいいので、おそらく内臓も大きいのだろう。 腎臓の異常など全く感じられなくて、糖尿病で初めて腎臓への影 響を懸念され、超高齢出産をしたわたし。 わたしはやっぱり、体質は父方似なのだ。糖尿病がそのいい例だ。
姉は小柄で華奢だし、中学生の頃に脊柱側湾症でギブスを巻いて 過ごしたので、内臓が小さいようだ。 今では脊柱側湾症の対策は背中の筋肉を等しく鍛えることが有効 であるとわかっているが、姉が中学生の頃はそういう認識が無く て、ギブスをはめられたのだ。 若い頃腎炎にもなり、二回出産し、二度の脳外科手術をも経験し ている。 母も、若い頃に腎臓の病気をしたらしい。 同じ病気を持っていても、わたしと姉では進行具合が違う。
ただ、この病気の一人の先輩として、姉の例はとても励みになる。 幾度にも渡る大手術を乗り越えた姉は、まぎれもなくわたしの姉 であり、同じ遺伝子を分けた体なのである。 姉は、今もボーリングを楽しんでいる。 だから、透析になること自体は怖くはない。 怖いのは、もぐちゃんの面倒を見られなくなることであり、夫の 仕事に影響が出ることだ。 少しでも長く保たせたいとは思うが、いつかはやってくることだ。 子供には、前向きに生きる姿を見せてやりたい。 生きることや死ぬことや病気になることから目をそらさない人間 になってほしいが、母親が病気と付き合いながら生きている姿は 少しでもその助けになるだろうか。
休日に、夫が起きてくれないからと、「おとうさん、おきてー。」 とばかり言っているせいか、もぐちゃんがお父さんを呼ぶときは、 「おとうさん、おきておきてー。」と叫んでいるようなのである。 または、「おとうさん、きてきてー。」とか、「おとうささん、 あったあったー。」と呼んでいるようにも聞こえる。 生きる姿勢はともかく、毎日の生活はこれでいいのかと自問する 今日この頃である。(笑)
父を呼ぶ声は高音 母を呼ぶ声は低温おまけに「あーやん」(市屋千鶴)
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