鶴は千年、生活下手

2005年01月10日(月) 遊ぶということ

買い物の帰り、夫が遊びに行きたいなと言った。
遊びに行くというのは、夫の場合、パチンコに行くか、本屋に行
くか、パソコンショップに行くか、そんなところだ。
今週末に身内の新年会を控え、パチンコに行かせるほど金銭的に
余裕は無いし、気持ちの余裕も無い。
夫は「メタルギアソリッド3」を売りに中央林間まで自転車で出
かけた。
わたしは、買いそこなっていたグイン・サーガの最新刊を頼んだ。

本当は、今日は衣類の整理をしたいと思っていた。
夫にその旨を申告もしていたのだが、できなかった。 残念。
我が家では、タンスと寝る場所ともぐちゃんのおもちゃの場所と
昼寝の場所が一緒なので、もぐちゃんが起きていても一人ではで
きないし、寝ていてもできない。
週末を待つしかないのか、平日の夜にこつこつとやるのか。
(こつこつは向いてないと思うのだ、わたしには。)

エンピツ経由でメールをいただいていたのに本日気付き、急いで
返事を出させていただいた。
誰に対しても、どうもメールが長くなってしまいがちなのが悩み
でもある。
今日の返事もいやに長いような気がして、申し訳ないと思ったり。
(それは日記でも同じかもしれない。)

わたし達夫婦にとって、遊ぶということはどういうことなのか。
二人とも遊び下手なのか、反対にちょっとしたことでもうれしく
なってしまうあたり、遊び上手なのか。 微妙な。
わたしなど、遊びに出かけるというと、どうしても買い物をした
り映画を見たりと思ってしまう。
それ以外は、もぐちゃんと遊んでいるのと同じようなものだ。
夫の遊びも、パチンコという金食い虫と、立ち読みとかパソコン
を見て歩くとかのお金のかからないものと両極端だ。
勝てなくてもパチンコはしたいんだなぁと、勝てなくなってから
すっかり興味を失ってしまったわたしは、そう思う。
15年前は、500円でずいぶん遊べたのになぁ・・・・

とりとめもない、成人の日の日記。

 常識の無いのが成人式ならば成人式などいらぬと叫べ(市屋千鶴)


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