鶴は千年、生活下手

2004年09月02日(木) 身辺にはなにごともなく

毎日がなにごともなく過ぎて行くのは、多分いいことなのだろう。
浅間山が噴火したり、脱北者が駆け込んだりはしていても、自分
の周りでは、さして大きな変化も無く過ぎて行く。

明日の通院日は、姉が来てくれることになった。
先週末の模様替えは、ある程度は終わったらしい。
一番大仕事らしい二段ベッドの搬出が終わったのだから、あとは
まあぼちぼちと片付けていくのだろう。

姉は、8時頃には着くように来てくれると言う。
夫の朝ご飯の用意もしてくれると言ってくれたのだが、夫は毎日
遅い夕飯を摂るので、朝は軽くシリアル程度の方がいいこともあ
り、明日も朝ご飯はシリアルにするのだと姉に告げた。

オリンピックが終わってしまうと、ただ漠然と付けっぱなしにし
ていたテレビもそうはいかなくなり、今度は漠然と映画ばかりを
見ていたりする。
特にもぐちゃんが寝ている時は、音量を絞って字幕で見られる方
がいいので、もっぱら字幕ものなのだ。

題詠マラソンのお題を拝借しても100首が終わってしまうと、
どうも本来の日記歌の作り方が思い出せなくなっている。
日記の文章を書いていて、きゅーっと集約されたものを歌にして
きたつもりだったが、どうもそれができなくなっている。
すっかりお題で詠むことに捕まってしまったらしい。

とはいえ、ぷらむの9月のお題の「円」は、まだ2首しかできて
いないのだが。

 なにごともなくすぎていく毎日が積み重なって人生なのか(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]