鶴は千年、生活下手

2004年08月12日(木) 夏休みのこと

夫の夏休みは、9月の初旬とのこと。
まだまだ午前様の日が続く。

子供の頃、夏休みは母の実家でいとこ達と遊んでいた。
年下のいとこ達の宿題を教えたりするのはわたしの役目で、姉や
従姉や従兄は、もっぱら遊びの指導だった。
年上の者達は、リヤカーに小さいいとこ達を乗せてひっぱって遊
んであげていた。
わたしとすぐ下の従妹とは2歳しか違わないが、なぜかわたしは
年上組に混じって役割を果たしていた。
きっと、体が大きかったのと、考えることが大人びていたからだ
ろうと思う。

夏休みの母の実家で嫌だったことは、両親が母の実家に来ること、
正確には父が来ることだった。
母の兄と父は、全く性格が違うためか、しらふの状態でもあまり
仲が良くない。
母の兄は酒癖が悪くて、お酒が入るとすぐに喧嘩になった。
喧嘩になって、父は帰ってしまうことが多かった。
ほとんど泊ったりはしたことがなかった。
母の兄は、すぐに怒りが覚めたりはしない。
喧嘩の最中から、喧嘩が終わったあとまで、なだめ役はいつも母
の妹夫婦だった。(スイカを送ってくれるおばさん夫婦。)

おばさん夫婦には、本当にいろいろとお世話になっている。
母が、嫁ぎ先から荷物を運び出した時にも、住む所が決まるまで
置き場所がなくて、おばさんの家に置かせてもらった。
おばさんは、母のすぐ下の妹で、その旦那さんは本当に真面目で
働き者である。

話を戻して。
親達が喧嘩をしている時に、子供達は何をしているかというと、
どちらの子供も一緒に布団の中でじっと聞いていたのだった。
ある時は、帰る両親に連れられて、わたしと姉も帰らされたこと
も有った。 迷惑な話だ。
どちらが悪いとかではなくて、何をどう言い合っても、お互いに
気に入らないのだから、喧嘩にならないためには、早々と父が帰
って行くのが一番いいのだと思っていた。

夏休みの思い出は、母の実家の裏の畑で、いとこ達と花火をした
ことや、ふすまを外して二間を続けた部屋で蚊帳を吊ったことや、
裏の畑からトマトをもいでおやつにしたり、喉が渇いたらスイカ
を食べたりしたことや、みんなで夕飯の支度をしたことや、お墓
参りをしたこと、などなど。

生家でのお墓参りもよく覚えていて、いつもは男の子のような格
好ばかりしているわたしだったが、この日ばかりは女の子らしい
格好をすることになっていて、父の一番下の妹がお土産に買って
きてくれたサマーセーターとスカートを身に付けたりした。
道で同級生に会うのが、やたらと恥ずかしかった。
恥ずかしかったが、初恋の相手には見てもらいたかったりもした。

自分の生家の思い出よりも、やっぱり母の実家の思い出の方が、
数段楽しかったのだった。
いや、思い出の数が多かった、ということだろう。

098:溺
 関係に溺れたように見せかけるテクニックなら君に勝てない(市屋千鶴)


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