鶴は千年、生活下手

2004年01月24日(土) 生まれたから生きる

ほんの少ししか晴れ間が出なかったなぁ、今日は。
暖房効果を上げるためには、雨戸を閉めておきたいくらいだが、
そうもいかない。

昨夜、唐突に頭に浮かんだこと。
「生まれたから生きている。」

赤ん坊を見ていると、この世に生まれた瞬間からひたすら生きて
いる。
本能に従い、飲んで寝て排せつして、生きている。

そうだよね。
生まれた時はただひたすら生きていたんだよね。
小さい子供の頃は、何のために生きているなんて考えなかったん
だよね。
生まれてきたのだから、精いっぱい生きる。
生きるために生まれてきたんだ。
生まれたということは、精いっぱい生きろ、ということだ。

空腹で泣いていたり、おっぱいにむしゃぶりついたりする赤ん坊
を見ていると、生きることの意味を考えたりすることが、どうも
屁理屈のように思えて来るから不思議だ。
決して、生きることの意味を考えることが無意味なわけじゃない
のにね。それが成長するということなのにね。

一生懸命生きている人を見た時に、自分の生き方に疑問を投げか
けられたような気持ちになるのと一緒か。

自分が必要とされていないのではないかと、思い悩む思春期の子
供達に、産科の病院見学なんかいいんじゃないのかなぁ。
今の自分がどうであれ、生まれた時にそのことを本当に喜んでく
れた人達のことを見つめ直すきっかけになったりしないものか。
親にならなければ、子を持った時の気持ちはわからないのは事実
だが、子供の立場から見て、自分が生まれた時の親の気持ちを推
し量ることはできるのではないか。
親子で、生まれた時のことに思いを巡らせることができれば、少
しは親子関係の改善につながったりはしないのか。

が、かえって、今の状況がより悪いものに思えてきたりしたら、
それも困るなぁ。

12月のぷらむ短歌会への詠草から。
 生まれたての子は赤かろう一心に肺呼吸する泣き声高く(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]