3年B組金八先生5「ガラスの少年1」。 再放送を入れるともう既に3回目かになるのだが、この回の放送 を見るといつも泣いてしまう。
クラスのいじめっ子、影のボス的な存在だった少年が、引きこも りの兄が怪我をしたことによって、初めて金八先生に泣きながら 本当のことを話す回。 兄の引きこもりを隠し続けてきた2年間。 引きこもって暴力的になっている兄。 家のことはほとんどかまわない父親と、少年に頼り切って暮らし ている母親。 金八先生は、門の前から少年に電話をかける。 それに気付いた少年は裸足で駆け出し、先生にすがって泣いてし まうのだ。いつも、ここでもらい泣きしてしまう。
が、よくよく考えると少年に同情しているのではなくて、つまり もらい泣きではないのだ。 わたしは、確かに少年に、家のことを誰にも話せなかった自分自 身を重ねて同調しているのかもしれないが、涙が出るのは、羨ま しいからなのかもしれないのだ。
わたしは、母に「置いていくから」と言われた小学五年生のあの 日以来、両親がけんかしていても泣いたりしなかった。 どこかで一人泣いているということも無かったように思う。 ただただ、見なかったように無神経になって暮らしていた。 父が失踪したことを知った時も、母が枕元で泣いていたあの雪の 日も、わたしは泣かなかった。
だれかに話してしまいたいと、本当に思っていたのだろうか。
人前で泣いたのは、離婚を決めてから、母の実家で祖母に言葉を かけてもらっていた時だけだったかもしれない。 わたしは、その頃、従兄の言葉に、ショックを受けていたのだ。 従兄は、わたしがラジカセを持っていることに不満を漏らした。 自分達に借金をさせておいて、なぜあいつはラジカセなんか持っ ているのだと、従兄は言っていた。 翌日だったか、祖母はわたしにこう言ってくれた。 「父ちゃんが、何をしても、子どものお前まで悪いわけではな いのだから、気にしないでこの家にいろな。」
ほっとしたとき、肩の荷が下りた時、人は泣けるようになるのか もしれないと思った。
夫と暮らし始めた頃、一人で母の実家に行った時に、従兄はまだ わたし達への恨みをなくしていなかった。 二十年以上も経つのに、今自分達が苦労しているのは、わたし達 のせいだと、従兄は思っているように見えた。 他の従弟が止めてくれたが、わたしはこう言った。 「かあちゃんとこの家に世話になっていて、ラジカセのことを 言われた時から、この人はそう思っているんだもの。 仕方ないんだよ。」
母の実家は、たしかにわたし達の父の借金の保証人として、借金 を背負わされたが、伯父は家族や家を守るために、出稼ぎをして 暮らすことを決めたのだ。伯父は必死で働いていた。 だから、住むところは離れていても、家族は残ったし家も残った。 わたし達はどうだろう。父は家族を捨てた。わたし達は家を出た。 家族はバラバラになった。祖父母は二年後に相次いで亡くなった。 家は跡形も無くなってしまった。わたしは、帰る家を失った。 父は確かに悪いことをしたが、わたし達はそれなりの酬いは受け たとは言えないのか。
本当はそう言ってやりたかった。 でも、そう言ったところで、それに納得するような従兄ではない ということもわかっていた。だから、言わなかった。 相手の境遇や心境を思いやることが出来なくなってしまった人と いうのは、いるものだから。 一つのきっかけで、人間は変わってしまう。 優しい従兄だったのにと思うと、せつなかった。 母方の他の身内は、みな優しいままだったのに、従兄をそうして しまったのは、やはりわたし達だったのだろうかと。
いつも、放送を見た後は、こんなことを考えてしまうのだった。
肩の荷をおろしていいと気付くまで泣くことさえもできないでいる (市屋千鶴)
|