昨日の日記で、幸せを強調しているように思えるのは、イベント に行けなかったことに対する反動なのかと思ってみたり。(笑)
本当に幸せな人は、幸せだとことさら声を大にして言ったりはし ないのかもしれない。 ずっと幸せな人は、しみじみ幸せだと思ったりもしないのかもし れない。
でも、幸せって、些細なことでも喜びを感じることができる環境 に自分がいるということへの感謝なのではないかと思っている。 周りから見て、大変そうだったりしても、当人達がその暮らしを 投げていなくて、日々の生活の中に喜びを見つけることができる のなら、その人達は、幸せなのだと思う。 どんなに恵まれた環境に居ても、そのことに喜びを感じることが できなれけば、幸せではないだろうし。
大変な生活が不幸なのではなく、喜びの無い生活が不幸なのだと 実体験から思うのだった。 母と二人の生活は、わたしにとっては幸せな日々だった。 自分の拠り所となる人や場所や物を持っている人は、それを思う ことで幸せだと感じることができる。 わたしにとっての拠り所は、母であったし、今は夫である。
幸せは、なるものではなくて、感じるものかもしれない。
昨日とは打って変わって不調な一日。 それでも、姉と電話で一時間も話し込んでみたりはしている。 明日は、姉と待ち合わせて、サクランボを受け取る予定。 本当はもっと早くもらいに行けばよかったのだが、やや出遅れた 感じがするなぁ。(笑) 姉の家には、毎年たくさんサクランボが届く。 姉の高校の同級生が送ってくれるのだ。 父からも、毎年送られて来る。元気だよと言う連絡のようなもの。 父からのものには、一応うちの分も含まれているらしいのだが。(笑)
夫は、洗濯物を乾燥させに行ったり等々、いくつかのミッション をこなしてくれた。 他の時間は、昨日購入した格闘ゲームで遊んでばかりだったが、 来週までには飽きてしまうかもしれない。
そんなこんなで、夫に言わせると夏休みのような土日が終わった。
夏休みの宿題のようにミッションをこなして遊ぶ真剣に遊ぶ (市屋千鶴)
格闘ゲームをやってる時の夫は、ほんとに真剣。(笑)
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