鶴は千年、生活下手

2003年06月25日(水) 蚕のこと

給料日だからして、お金を下ろしたり、口座にお金を振分けたり
などの作業をしに出かけた。
夫の会社から、引っ越し代などのお金がまだ振り込まれない。
不満である。(ぷんぷん)

さてと、蚕の話。
虫が苦手な人には、想像するのも嫌なものかもしれない。
わたしだって青虫とか芋虫とかは苦手なのだが、なぜか蚕だけは
平気で触ることができる。
なにしろ、同じ屋根の下で暮らした仲だから。(笑)

わたしが小学生の頃は、近所でも蚕を飼っている家が多かった。
母の実家でもそうだった。
生家では、小屋(農作業用の小屋)に蚕のベッドを作っていた。
まだ小さいうちに購入して、繭を作るまで育てるのだ。
小さいうちから桑ばかり食べている。
桑ばかり食べているから、蚕のウンチは深緑色だ。
子どもにも、桑の葉を蚕の寝床に置くことくらいはできるので、
桑をやってこいと指示されることも頻繁に有った。
小屋に入ると、桑を食む音だけが聞こえた。
最初は黒い(濃い茶色くらい)が、白くなってだんだんと大きく
なると、頭の模様が顔に見えてかわいかったりする。
「モスラ」よりもずっとかわいいと思っている。

真っ白だった蚕が、やや黄色みを帯びて透き通った感じになった
ら、繭を作る準備をしてあげる。
ちょうど繭玉一つ分くらいの升目がたくさん並んだ枠を用意して、
それに蚕を置いてあげると、蚕はその升目に繭玉を作り始める。
この段階になると枠が場所をとるようになるので、小屋だけでは
足りなくなって、家の部屋を一つ占拠したりした。

繭玉ができると、きれいな白い繭玉とそうでないものに分ける。
白い繭玉はそのまま出荷用の袋に入れられ、そうでないものから
自分の家で使うものを除いて袋に入れる。
自分の家用のものは、黄色みが強かったり汚れていたりするもの
なのだが、それを祖母は煮出して繭玉から絹綿を作る。
繭玉をほぐして、四角い板に貼付けて行くのだ。
そうして、自分の家で使う絹綿ができる。

その絹綿を使うのを見たのは、母が布団を作っている場面だった。
綿で全体を作った後に、絹綿の層を重ねて行く。
靴下に綿がつかないように、足にはビニール袋を履いて作業して
いた母の姿を覚えている。
なんだか不思議な光景だった。
今ならば、鑑識の人達みたいだと思ったかもしれない。

ここまでで、「蚕」から「ビニール袋」までがつながる。
この先は、また明日。

それにしても、サクランボ泥棒は許せない。
収穫などに詳しい人の犯行というのが悲しい。
同業者だと思わざるを得ない状況は、サクランボ農家にとっても
辛いことに違いない。
○○農家という人達にとって、その作物は子どものようなものだ。
わたしの親戚はスイカ農家だが、やっぱりスイカのことは子ども
のようにかわいがるし、自慢するもの。

何にせよ、他人のものを盗んで一儲けしようなんてとんでもない。
そんな人達には、ただの高額商品としか見えないのだろうね。

 セミダブルサイズの布団で姉と寝るわが体温は暖房がわり(市屋千鶴)

母が作った布団は、わたしと姉が一緒に寝る布団。
1.5倍の幅があった。


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市屋千鶴 [MAIL]