鶴は千年、生活下手

2003年06月26日(木) 季節外れの稲刈りの話

起きたらめまいがした。
昨夜寝る時に、お腹がグーグーなるくらい空腹で寝たからか。

ビニール袋まで連想して、その後、袋と言えば肥料袋でそり遊び
をしたことを思い出した。
肥料袋(窒素・リン酸・カリとか書いてあるやつ)をそのまま使
うのでは、お尻が痛い。
肥料袋に、わらの束を差し込んで、袋の中で広げる。
袋から出た部分は、袋と一緒に縄でしばる。
縄は少し長めにしておいて、手に持ったりする把手にする。
これがよく滑るんだよね。
子どもの頃は雪が多かったから、屋根からずり落ちて来る雪の量
も多く、屋根の下には斜面ができる。
その斜面を、肥料袋で滑ったりするのだった。

ここで、袋に入れるわらはどれくらいの量かを思い出した。
小屋の二階には、脱穀した後のわらが積んであった。
つまり、わらの束は、稲刈りをした時の一束の大きさなのだ。
その一束の量が、肥料袋に入れるのに丁度良かった。
大きさは、大人が手でつかめる大きさだ。
太めの首の太さくらいかな。

昔、手で稲刈りをしていた頃は腰にわらの束をぶら下げていた。
しばるのに手ごろな量のわらを腰元から抜いて、そばに置く。
その上に、刈った稲を置く。
その稲の量が、手でつかめる量になると、ひもにするわらごと持
ち上げてくるくるっと廻してきゅっとしばる。
これで、一束の出来上がりだ。
稲刈りを手伝った時に一番苦労したのが、このしばるという作業
だった。なかなかうまく行かないんだよね。

この一束の大きさは、稲を天日で干す時の量としても、ちょうど
いいのだろう。
干した稲を小屋に運び入れる時や車まで運ぶ時は、この束をいく
つも縄でひとまとめにして背中に背負う。
縄はしばらずに、引っ掛けているだけだ。
子どもは少しだけだけど、大人のまねをして背負って運ぶ。
ちょっと多めに運ぶと褒められた。
わたしは、子どもの頃から体が大きかったので、少しは多めに運
ぶことができて、褒められるのがうれしかった。

こうして、わたしの言葉の連想は、サクランボから稲刈りまで巡
っていたのだった。
こうしてみると、農家だった子どもの頃の思い出が、とても幸せ
なものだと感じていたことに気付く。
家族がみんなで同じ作業を力を合わせて行うことに、やはり意味
が有るのではないだろうか。
今の時代では、なかなか難しいことだけどね。

さてと、明日は産科の日。9時半の予約だ。
土曜日に、「マラソンリーディング」というイベントが有るのだ
が、行けるかどうか微妙なところだ。
土日はわりと調子がいい時が多いので、行きたいんだけどなぁ。
こればっかりは、その日の調子次第だろうね。

今日で、アパートの全部の部屋の給湯器の設置が終わった。
これで、消し忘れることも無いよ〜ん。>お二階さん

 時を越え思い出すのは幸せな思い出ばかりになってきた頃(市屋千鶴)


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市屋千鶴 [MAIL]