夢の場所は、いったいどこなのだろう。
いつも見る場所がある。 わたしの暮らしてきた記憶には無い場所だ。
山村を走るバス。これは確かに記憶にある。 実際、生まれ故郷を走るバスは、細い坂道をうねうねと登っている。 だが、夢の中で走っている風景はどこかわからない。 それに、夢の中でバスに乗っている自分は、外など見ていない。 バスのターミナルのような場所。 夢の中では、いつもそこでバスを乗り換えるのだ。 ぎりぎりのタイミングでバスを乗り換えている。 こっちの路線に乗れば何分か早く到着するとか、よく考えているよ うな気がする。 もう一つは、電車の乗換駅。 大きな駅で、乗り換えに立体交差のような階段と通路を使う。 乗り換えの間に、改札がある。 新宿駅のようでもあるが、もっと田舎の景色だし、電車も古い。
バスに乗るとき、なぜか見知らぬ制服を着ている。 そう、わたしは中学生か高校生になっているのだった。 隣には、少年がいた。 大抵は、中学生や高校生の頃に好きだった人のはず、だ。 というのも、顔は本人とちょっと違っていることが多いから。 自分の姿でさえ、目覚めた後で思い出すとき、自分とは違うことが ある。
一番多いのは、初恋の相手だろうか。 わたしは小学校の頃から彼が大好きだった。 毎日、ケンカばかりしていたが、好きだった。 中学に入って告白はしたが、彼が別の女の子が好きなのはわかって いた。 それでも、自分が好きだという気持ちだけは伝えておきたかった。 結局は友達のままなのだけれど。 よく電話で話しもしたし、転校して住所を最初に連絡したのも彼だ った。
転校後の中学三年生、前の中学から林間学校の誘いが有った。 久しぶりに懐かしいみんなとバスでの旅だった。 帰り道、7月の30日、東北は梅雨末期の大雨にみまわれていた。 予定のルートでは帰れなくなり、山道を走る迂回路を通った。 そちらは渋滞になってしまっていた。 トイレを借りるために民家にお邪魔しなければならないような状態 で、乗物酔いをするものもいた。 わたしも乗物酔いをするのだが、大好きな彼が先に酔ってしまった。 みんなの心遣い(?)か、酔いやすいものは前にというので並んだ のか定かではないが、わたしは彼と並んで座っていた。 介抱していて、ちょっとうれしかった。
夢に出てくる、山村を走るバスはこのときのバスなのかもしれない と思う。 一度しか見ていない村の中を走るバス。 隣には初恋の人が座っていて、少しだけ幸せな気分になっていた。
戻ることのできない時と場所。 触れることも見ることもできない相手。 いつしかわたしの心の中には、その場所と相手が住み着いてしまっ たのだろう。 一昨年の同窓会で懐かしい人たちに会えたのは、とても嬉しいこと だったが、それでもああすればよかったとか、なぜこうしてしまっ たんだろうとか、心残りのことが山ほど有った。 そうしてまた、わたしは過去に囚われていってしまうのだろうか。
ふと、夜中に目を覚まして夢のことを考えてしまうとき、わたしは そこでひとりになっている。
いつも見る夢の場所には見覚えがないから忘れられないでいる (市屋千鶴)
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