茨木のり子さんの有名な詩に、
「ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて」
で始まる、「自分の感受性くらい」という作品があります。 (『茨木のり子集 言の葉2』 pp60-61 p/b筑摩書房)
「初心消えかかるのを 暮しのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった」
と詩は続き、最後、
「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」
でその詩は締められます。
大人になり、親元を離れると、 誰かに叱ってもらえることが少なくなります。
だから自分で自分を叱らないと、 楽を好む、怠惰な自分へ流されてゆきます。
あぁ、暮らしがだれかけてしまっている、 生き方にしまりがないと、 ふっと自覚を持ったとき。
私はこの詩の最後を思い出し、 「ばかものよ、ばかものよ」とひとりつぶやいてみます。
つぶやくと胸がずきんと痛み、 痛むのは怠惰であった証拠と 反省猿します。
そんなカンフル剤のこの詩のよう、 近頃胸に突き刺さるのが児童小説『バッテリー』。
妥協をしない意志を曲げない、 目をそらさずに上を向く、 まっすぐな巧の言葉にぐさっ、ずさっと 心地よく斬られます。
あさのあつこさんの文章も素晴らしい。 土の匂い、草の匂い、 大地の熱が伝わります。
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