「隙 間」

2011年02月15日(火) 「トイレット」流してしまえ

とりあえず、仮アップを迎えたのである。
仮というのは、まだまださらに、すべからく必要な修正や追加やらをしてゆかねばならないのである。

たとえ三日後以降のことだとしてもそれはさておき。

さすがに提出を済ませた直後は、とりあえず休みましょう、とのことで昼のお八つの頃に早上がりしたのである。

明日は代休。

早く帰って寝てしまうのはもったいない。

そうだ、映画に行こう。

行く先は我がギンレイホールである。

六時からの回に十分間に合う。
ならば、と水道橋のいつものカフェで珈琲を一杯。

そうしておいて、よかった。

気が抜けたのもあり、ひたすら、落ちまくる。

はじめは、珈琲にミルクをたらし、チョンっチョンと滴を切ったそのままで、ストン。

どれだけ最後の一滴まで注ごうとしてんねん。

律儀にカップ位置はキープ。
これは基本である。

おおっ、と三省堂で見かけて読んでいたぐいん外伝を、次のページに指をかくたまま、落ちる。

どれだけ丹念に読んでんねん。

あーやばい。やってもうたー。ねむー。

と天井を仰いだまま、ストン。

口半開きで、どれだけ絶望に暮れてんねん。
プラトーンか。
ショーシャンクの空か。
エイドリアンか。

そうして気付くと、ギンレイの上映時間に間に合わない。

断っておこう。

わたしはきちんと普段用に、いや普段プラスアルファでモテ男を足してあるのである。

境界線上の詐術師、ここに落ちる。

気を取り直して、代休をとった今日。

ギンレイ・リベンジである。

「トイレット」

もたいまさこ主演。
荻上直子監督作品。
「かもめ食堂」「めがね」の強力タッグである。

母が死んだ。
残されたのは、家と、パニック障害で四年間ひきこもってるピアニストの兄と、生意気な学生の妹と、日本から母が呼び寄せていた「ばーちゃん」だった。

ばーちゃんは、英語が通じない。
いつも黙っている。

だけど毎朝、トイレから出てくると、深ぁいため息をついている。

家族は、言葉が通じなくても、家族。

ばーちゃんと孫たちの、「トイレット」からはじまる足漕ぎミシンな日常の物語。

「ウォシュレット」(TOTOの登録商標)は日本の偉大なテクノロジーだ。

一般名は「温水洗浄便座」などである。
作品中、しっかりとTOTO製品であるNEORESTが、使われているのである。

それはさて置き。

とにかく、観て損はない作品である。

全編英語で日本語字幕。

もたいまさこが、存在感が、素晴らしい。

まるで「漬物石」である。

今の家庭で、見かけることはあるのだろうか。

原っぱや川原や道ばたで見かければ、石蹴りには使えない、チョーク代わりにも使えない。

しかし、それがたちまち「漬物石」となると、特別な石と姿を、形を、存在感を変えてしまう。

しかし。

だからといって漬物石は、何も己の在り方を変えることはない。

黙って、飾らず、腰を低く務めるだけである。

家庭が浮ついてしまわぬよう、ずしりと必要な存在感。

個と子ばかりを尊重する家族像がはびこる現代日本。

大黒柱としてあった父親ですら、頭があがらなかった存在の「ばーちゃん」。

ばーちゃんは家族内で肩身狭くあるか、はたまた別居でもとからいないか。

共に暮らす暮らさないかの形をいうのではない。

家族の在り方として、いうのである。

家族のなかに、重みある存在は必要なのである。

荻上監督作品「かもめ食堂」「めがね」も秀逸なのか、確かめてみたい気持ちである。


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