「隙 間」

2011年01月23日(日) 「季節風 春」「闇の列車、光の旅」

重松清著「季節風 春」

これだ、これなんだよ。
こんな気持ちにさせてくれる、いや、させられる作品が、他にいったいどこにあるのだろう!

四季をテーマにした短編集「季節風」シリーズの第二弾。

「春」は旅立ちや出会いや、はじまりの印象が、強い。

そんな十二篇の春物語が収められている。

特に、最後の「ツバメ記念日」が、いい。

共働き夫婦の子どもが生まれ、そして決して綺麗ごとだけじゃすまない日々に直面する葛藤を、真摯に語り紡ぐ。

どうか恥ずかしがらずに、涙して欲しい。

涙は強要するものではないことは、わかっている。
だから言い直そう。

涙してもらえたら、嬉しい。

個人的に、そのひとつ前の「目には青葉」が、くすぐったく、そしてほのかに羨ましく思わされてしまった。

三十六歳、独身男。
派遣社員で半年間だけ一緒に仕事をした女性の翠さんと、仕事がおわっても、なんやかんやと、清い関係で数年間、仕事の相談にのったりして付き合ってきた。

「鰹のたたき」と「鰹のたたき用」を間違えてお取り寄せしてしまった翠さん。

宅急便の保冷箱を開けて呆然と途方に暮れた翠さん。

「どうしたらいいんでしょう?」と、わざわざ俺に頼ってきてくれた翠さん。

「よし、任せろ!」と我が家に呼んで、決心する俺。

リハーサルなし、ぶっつけ本番で、昨晩しゃあこしゃあこ研いだ包丁片手に、鰹に挑む。

「結婚するかもしれません」

翠さんの突然の告白。

俺は、どうすればいい?
どうしたい?

「俺には、向いてないんだよ。
ほら、ひとには向き不向きが、あるだろ?」

俺と翠さんは、どうなるのか。

ブランコが、いい。

公園にある、あのブランコである。

あなたの近所の公園に、ブランコはあるだろうか。

もしあるのなら、子どもたちが夕ご飯に帰った後、大切なひとと並んで漕いでみて欲しい。

できればまだ夕陽が残っている時間帯に。

重松清さんは、つまるところの重松節に一貫している。

悲しみや苦しみに、こうだと答えを出すわけでもない。

努力はすべて報われる、だから頑張れ、と綺麗ごとを並べたりもしない。

それがわかるひとには、わかってもらえる。

わたしは人並みの苦労をきちんとしてきてます、などとは言えないだろう。

しかし、そんなわたしでも涙してしまいそうなほど、この十二篇の春物語は、素晴らしい。

いや、素敵、である。

さて。

「闇の列車、光の旅」

をギンレイにて。

ホンジュラスからアメリカを目指して列車に乗り込んだサイラ。
もちろん、密入国である。

列車には屋根に溢れるほどの移民たち。

そこに、青年ギャング団のリーダーとカスペルらが、密航者である彼らの金品を奪おうと現れる。

カスペルは自分が所属するギャング団のリーダーに恋人を殺されてしまっていた。

いままた目の前で、リーダーがサイラを無理やりに組み敷こうとしている。
衝動的にリーダーに大刀を振り下ろし、殺してしまう。

「裏切りものには、死を」

リーダーを殺されたギャング団は、カスペルを逃がすまいと全国の支部に包囲網を敷かせ追い詰めてゆく。

結果的に助けてくれたカスペルに、サイラは信頼を寄せはじめ、

「一緒にアメリカの叔母のところへ行こう」

とカスペルと行動を共にしてゆく。

追っ手から逃れきることがかなうのだろうか。
そして、サイラはアメリカまで無事にたどり着けるのだろうか。

中南米の移民問題は、常になくならない社会問題となっている。

格差の社会と現実。

これまで、日本ではあまり移民問題で大騒ぎされることはなかった。

しかし。

やがてそれも、そうとは言えないときがくるかもしれない。

作品内で、彼らを乗せた貨物列車がメキシコのとある街に入ると、地元の子供たちが、

「お前ら移民なんか、くたばっちまえ!」
「迷惑なんだよ!」

といっせいに石を投げ付けてくる場面がある。

また別の街では、食料の果物を分け与えてくれたりする地元の人々もいる。

我々は、いったいどちらになるのだろうか。

石のつぶてを手にするのか。
美味な果実を手にするのか。
そしてその手を振りかぶったその後は……。

闇の列車は、光を目指す。


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