「感動発表会」
なるものが、先日開かれたのである。
毎年グループ会社ひっくるめ、各部門からの代表者として数名ずつ選出されるのである。
勿論全社からではない。 今年は、関連会社を中心に二十名ほどが選ばれたのである。
感動をテーマに、パワーポイントなるソフトを駆使し、発表せねばならない。
持ち時間はひとり五分。
我が社からは、お多福さん、ぐっちゃん、大分県、本宮さん、と四名に白羽の矢が立てられたのである。
「誰にやってもらおうか?」 社長の助さんがぐるりと面々を見渡しているときに、わたしは小声でまじないを唱えていたのである。
くわばらくわばら。
そのおかげで、どうやらわたしは直撃を避けられ、 たようであった。
ああ、雷神様(菅原公)。 近く、お詣りさしていただきます。
なんせパワーポイントなどというものを使ったことが、ないのである。
プレゼン資料など作れて当たり前、に真っ向そぐわないわたしである。
観る側に、徹するに限る。 しかし選ばれた大分県らは、当日まで一ヶ月ありはしたものの、一週間前あたりになるまでは本腰になかなかなれない。
普段の業務ありき、であるのだから、尻に火が付きはじめないと、腰が上がらない。
やっと腰を上げて作成をはじめ、おのおのが発表を目前に控えた前夜。
日付が変わる直前――。
連日連夜のことにヘロヘロになりきっていたわたしは、ヘタヘタと帰ろうとしたわたしは、本宮さんがひとり残っているのをみつけたのである。
「うっわ、明日やんか。もうどうしよう」
本宮さんは徳島県で阿波おどりの旗ふりを幼少の頃つとめていた方である。
そして、マニアックな方である。
「チラ見してもええですか」 「明日の楽しみにせんかったら、ええよ」
うっわ、なんか。 感動よりも。 次は? 次は? て。 次はないんかいっ。 て。 掻き立てられますやないのんですか。
どこの言葉? とのツッコミはおいといて、本宮さんをじっと見つめる。
「これでほとんど出来上がりやねん」
ふう、と振り返る。
もう終わりなんですか、と物欲しそうな目をしてみたが、おかわりはなしであった。
すごいやろ、うちも感動しててん。
満足げに笑ったのち、すぐに眉をくもらす。
「このマニアックさが、わかってくれるやろか」
本宮さんが感動したそれらは、まさにマニアック、であった。
等身大ガンダム、鉄人28号、ガラスの仮面のマツコデラックスが高らかに笑う広告ポスター。
六腑をがしと鷲掴まれてしまったが、掴まれたまま会社で日付をまたいでしまっては悔いが出てしまう。
明日の本番を楽しみにしちうがです。
わたしは敬礼し、先に辞させていただいたのである。
さて本番当日。
大分県は、チラリと漏らしていた大泉洋ネタで押してくるだろう、とのわたしの安易な予想をいとも容易く覆し、
「東京セレソン」
の演劇ネタを押し出したのである。
むむう。
しかし、情熱がこもればやがてそれは溢れだし、自分の手からこぼれだしてしまいがちになる。
舞台の場面を盛り込みすぎ、本人の話がテンパってしまっていたのである。
「あーっ、時間足んなかった」
悔しそうな顔だった。 舞台の場面は、どうしてもカットしづらい。
これがあって、この間があってこその、と残さずにいられなくなるのである。
「ニュー・シネマ・パラダイス」の検閲されたラブシーンを繋げたフィルムのように、思い切れればよかったのかもしれない。
お多福さんは、趣味でアフリカの太鼓をやっていることを、告白したのである。
太鼓の名前を聞いたのだが、わたしにとってアフリカの太鼓云々は、恵比寿で観た「扉をたたく人」の「ジャンベ」にどうしてもなってしまう。
「だから違うって」 「発音もホントはそうじゃないし」
何度かあらためて教えてもらったのだが、聞くたびに教えた成果をまったくみせないわたしに、やがて呆れてしまったようであった。
さてこの発表会には、大賞が選ばれることになっている。
大賞に選ばれたのは、零戦の模型を熱くかたった男性であった。
週一回、定期購読で部品が送られてくる、というディエゴ○ティーニの、あのシリーズのひとつ、である。
マニアックさでは、本宮さんと通じるところがったが、彼は、単座式を複座式に自分の手で改造しつつ作製中、らしいのである。
両翼幅、九十センチ弱。
まだまだ未完成である。
奥様に、掃除の邪魔、と掃除機の先っちょでプロペラを折られてしまわないかと、日中の仕事中、いつもハラハラしているらしい。
なかなか上手い話し方であった。
感動を伝えるには、伝えるための言葉が、必要である。
言葉だけでは感動しない。
言葉に、聞いたひとの想像をはばたかせる、琴線に触れる何かが、なくてはならない。
それはなかなか難しいことである。
しかし。
やらねばならないのである。
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