「隙 間」

2011年01月16日(日) 「トリツカレ男」

いしいしんじ著「トリツカレ男」

職場の忘年会の席であった。

「竹さんて、トリツカレ男に似てるんですよ」

ケンくんが、ふと言ったのである。

「あっ、わかるわかる。なんとなくそれ」

お多福さんが、手を叩いて同意する。

タイトルも著者も、わたしは知っていた。

しかし「六枚のとんかつ」(蘇部健一著)の表紙と入れ違って覚えていたわたしは、

「なあん、チェスの頭がおっさんのヤツやろ? どないやねん」

と返したのである。

ふたりはきょっとーんとした顔で見交わし、

「やっぱり、トリツカレてるわ」
「ですね」

と話を先に進めていったのである。

口惜しい。

そう思っていたのである。
しかし天の邪鬼が、はいそうですか、と素直にすぐ読むことを邪魔していたのである。

そして晴れてめでたく、読了、である。

いしいしんじ作品は、初めてでこの作品に限って、の第一印象である。

宮沢賢治

のような作品であった。

とかくひとつのものにトリツカレたようになるジュゼッペ。

オペラにトリツカレたら、すべてが歌わずにいられなくなり、探偵にトリツカレたら、難解な事件の解決に協力してしまうほどになってしまったり。

とにかく、トコトン、なのである。

しかしそれが、いったいいつまで、何がきっかけで、トリツカレるのかがわからない。

すべてが役に立つものであればよいのだが、そうではない。

昆虫採集だったり、かけもしないサングラス集めだったり。

そんな彼が、なんなることか、公園で見かけた風船売りの少女ペチカに、トリツカレてしまうのである。

しかし、まるで少年のジュゼッペは、どうやって思いを伝えればよいのか、わからない。

不器用。

そして、相棒の喋るはつかねずみの協力も得て、ペチカとの距離も近付いてゆくのだが。

純な恋愛物語

である。

なるほど、ケンくんはわたしに、きっと、このような素敵な恋物語を願い祈ってくれているのだろう。

ああ。
わたしがわたしのペチカに出会ってしまったら。

小説を書こうなどと思わなくなってしまうかもしれない。

それは、マズイ。

しかしそれほどのペチカと出会ってしまったら。

それは、それで。
嬉ちい。

ひとつのものに、とことんトリツカレて掘り進んでゆくこと。

それは、実際には役に立ちそうなことではなくとも、素晴らしいことである。

しかし。
勘違いしてはいけない。

そんなことに集中することができるなら、別のこんなことにだってできるはずじゃないか。

それは間違いである。

そのものだからこそできるのであって、そのもの以外には、通用しないのである。

足で歩けるのだから、手だけでも歩けるだろう。

それに等しいことなのである。

しかし。

出来る、と信じ込んでみるのは、いいかもしれない。

妄想は、力なり。


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