「隙 間」

2011年01月05日(水) 大森詣りで薄幸と発煙

新年明けまして、初の大森である。

年初めに、うまい具合いで田丸さんである。

「明けまして(以下略)」
「明けまして(以下略)」

やれ初夢だ、仕事始めはいつだ、と初喋りをたっぷりと、気のすむまでした後、イ氏とも、

「明けまして(以下略)」
「明けまして(以下略)」

とご挨拶を交わす。

「高峰秀子の「浮雲」が観たいんだよ」

いきなりである。
「浮雲」といえば、二葉亭四迷の作品であるが、それとは関係ない。

林芙美子原作の映画である。

「とにかくこの男が、ロクでもない男でねぇ」

奥さんがありながら、女をあっちこっちにつくって、女はそれを知っていつつも、

「惚れたワタシが悪いのさ」

と。

「許されないよねぇ、こんな男っ」

嬉しそうに批判するイ氏に、

許せません。断じて許せません。だけど。

「そんなことを云われてみたいです」
「そうお?」

ちょっと待ってて、彼女にも訊いてみよう。

パタタタタ、と止める間もなくかけて行き、裏方に下がっていた田丸さんをわざわざ呼び出してきたのである。

「あなたは、どう思う」
「えぇっ、それはダメですよっ」

当然である。
女性が、惚れたからといって相手にほかの女がいることをハナからよしと、答えるはずがない。

「不幸が美に映るような、いわゆる「薄幸の」という言葉が似合う女優さんを、最近、誰も見かけませんよね」

時代が、違う。
わたしが知っている限られた女優さんらではあるが、思い浮かぶひとが、いない。

「殿様なひとばっかりだもの」
「そうですよね。不幸なんて突っぱね返す、て感じなひとばかりで」

かつては、「耐える強さ」であったのが、「跳ね返す強さ」「気にしない強さ」ばかりを目にするようになっているように思うのである。
「だって」

イ氏が田丸さんをみやって、

「彼女なんて、悩みのひとつも無さそうじゃない」

ははは、とからかう。

「イイヤ。わたしには、チャント、陰あるやうに見えてルヨ」

わたしは優しくフォローを入れ、カクカクと頷いて見せる。

なんだこの三文芝居は。

「ということで、もういいよ」

イ氏が手を振り、今宵の幕を下ろす。

では今年もよろしくお願いします、と最後にペコペコ仕合って院を出て、駅へと向かったのである。

すると。

改札前に黒山の人だかりが出来上がっていたのである。

「発煙」
「消火」
「云々」
「くんぬん」

どうやら列車が止まっているらしい。

「山手線の線路を使い、京浜東北線を走らせる予定ですが」

並走しているからこその珍しい対処法で、しのごうとしているらしい。

これは、貴重な体験である。

「その調整がいつ再開できるようになるのか、見通しがまだたっておりません」

立たぬなら、立つまで待とうホトトギス。

山手線の各停車駅で、やがて交互に走りだす。

「ただ今、山手線の線路を京浜東北線と交互に走行しておりますため、所要時間が、少なくとも倍ほど掛かることをご了承ください」

なんと丁寧な放送だろう。

先日ニュースで、どこかの車内アナウンスがまったく状況説明を流さないままだった、と批判されたものが流れていた。

丁寧なアナウンスは、そのこともあったのだろう。

さて、珍しい体験といっても、窓に振り向いて座り、線路をじいっと眺めて味わうわけにもゆかず。

ただその出来事にでっくわしただけ、である。

しかし、だからといってがむしゃらにそれを楽しみ尽くすために何かをするのも、筋が違う。

うむ。

確かに今宵のわたしが乗っている京浜東北線は、似て違う筋を走っている。

なかなか珍妙である。

そう思っているうちに上野駅に着き、わたしは上野の森へと足を向ける。

何ひとつ変わらぬいつもの夜に、少しだけ違うものが混じり混む。
混じったかと思えば、またすぐ、いつも通り。

かくして人は、毎日が違うことに気付かぬまま、同じ同じ、と吐息をのむのを繰り返すのである。


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