納会であった。
会議室に菓子惣菜ビールビールビール日本酒ワイン赤に白、ヨックモックにビールビールまたビール、を持ち込んでまことしめやかに、幕を開けた。
しめやかに、そう、涙を噛み締めて、惜しまねばならない。
村木さんの送別会も兼ねているのである。
しかしすぐにエンジン全開の男が、いや紳士がいる。 社長の助さんである。 ビールをひと舐めしただけで、新橋SL広場で終電を逃し恐妻の元へ帰れぬ、いや帰らぬ冒険に挑む勇気、やる気、覇気、無謀にうち奮える酔っ払いに成り果てる。
まことに日本のサラリーマンのかがみのような方である。
わたしは一滴目から健康に気遣うお茶を紙コップになみなみとたたえさせ、チョビチョビと舌を湿らせる。
ヨックモックおいちい。 えびせんもおいちい。 ヨックモックまたおいちい。 ヨックモックまだまだおいちい。
どれだけヨックモック好きな阿呆なのかと勘違いしないでいただきたい。
なぜにヨックモックをそこまでシャクシャクかじり続けるのか、と訊かれれば、
そこにヨックモックがあるからだ。
と答えるしかなかったのである。
このままでは胃袋がヨックモックでモサモサしてしまう、という事態になりながら、しばし同僚らとの清談雑談にふけり、やがて気のおけない様子に珍談猥談へとどっぷり移行しはじめる。
「竹さんはクリスマス、何してたの?」 「何をしてたかなんて、記憶にありませんね」
あっ。 独りでターキーはおこがましいので、代わりに焼き鳥で串を並べて山を築いてました。
竹林を一陣の清風が吹き抜けるが如く。 まことに清々しい。 本物の竹林の奥深くに、普通のものならば裸足で逃げ込みたい気持ちになるだろう。
しかしわたしは違う。 すでに竹林に身を置いているつもりであるから逃げ込む必要がない。
「お多福さんは、竹さんどうなのかしら」
火田さんが、お多福さんに不意に振る。
「乙女座でB型の時点で、あり得ないです」 「竹さん乙女座なんだ、あたしもよ。でもなんで知ってるの?」 「乙女組ですから」 「何それ」 「火田さんはご存知ないですけど、このひと曰く火田さんが組長ってことになってるみたいですよ」
え、なんで、という顔で火田さんがわたしをみる。 突然、たくさんのことを知らされた本人としては、説明を求めたくなるのは道理である。
お多福さん、ケンくん、円部くんら乙女座の人間が、自然派生的に構成した組合である。
そこに本人の参加不参加の選択肢は、ほぼない。 年長者がどうやら懇親会やらの経済的負担を一身に負わねばならないらしく、このままではわたしの身が危うい。
ということで、火田さんがやはり乙女座らしい、ということをとある筋からの情報を仕入れていたのである。
そのとある筋、というのは、お多福さんであったはずである。
裏切られた、とお多福さんをにらんでみたが、ドコ吹く風である。
何でダメなの、との火田さんの追撃に、
「だって一緒ですもん」
と迎撃一閃。 乙女座のB型、はたしかにたちが悪い。
「じゃあ、馬場さんからみてどうなのよ」
馬場さんはわたしと同い年、既婚者かわいらしい娘さん持ちである。
「愛人としてありかなしか!」
ケンくんが悪のる。
「えー。せめて幼なじみくらいかな」
おっ、と皆が身を乗り出す。 わたしは耳をふさぐ手を、一旦、止めてみる。
「ゼロ歳から一緒の」
おおっ、皆がつばをのみこむ。 わたしは、ふさぐかダンボにするか躊躇する。
「何言っても、とりあえず聞いてくれる感じじゃないですか」
つい先日、社長らからの理不尽な怒りの矛先に選ばれても、とりあえずは受け止めてみせたりしたのである。
後でやんわりお返事させていただいたことを忘れてはならない。
「タッチのかっちゃんの方、てきな?」
わたしはついに肚を決めて訊いたのである。
「いいひとなんだけど、恋なんかにはならない」報われない立場。
というつもりであったのだが、周りの反応がいまいちである。
「タッチの世代って」
半分かろうじて、タッチまではわかるが、かっちゃんが誰だかまでわかるものが、いないようであった。
「つまり、異性とかじゃないってことね」
火田さんがうまくしめる。
「ロマンチストでマイペースで身勝手で、異性じゃない、いいひと」
竹さん、こりゃ女性じゃなく男に走るしかなさそうですよっ。
ケンくんが粗塩をすり付けてくる。
ふん。やかましいわ。 わたしが「いいひと」だけなわけがあるか。 むしろ「ダメなひと」の方がちかいわっ。
「ダメというより、「残念なひと」じゃないですか?」
そっちの方が、なぜか痛みが激しいように聞こえる。
「だけど竹さんと、本の話しするのが楽しみなんですよ」
えっ、なになに、どんな本読んでるの、と火田さんが食い付いてくる。
竹さん、言っちゃってください、と肘をつつく。
「森見登美彦とか」 「またまた真面目ぶっちゃって」
ケンくんが意味不明のダメ出しをする。
「有川浩とか」 「まだ格好つけようとしてる」
わたしはハードルを下げていってるつもりが、ケンくんの意にそぐわないらしい。
「絲山秋子とか」 「あっ、知ってる」
火田さんが、ガッツリ。
私の友達が、元同僚だったんだよ。
絲山秋子は、甘木有名陶器メーカー勤務、わたしたちととても縁が深い業界に勤めていた経歴をもたれている。
東かと思ったら稲だったんですか。 そうなのよ。
ならば、今の会社との関係はさらに強い。 そんな意外な発見で、その前のわたしの胸についた傷の発見をなかったことにしようとする。
そう。 傷付いてなんかないのである。
「好きな芸能人とかは?」 「小西真奈美さんです」
同性から好きと言われにくいタイプだよね。
ボソリと火田さんがつぶやく。
「あ、あと蒼井優さんとか」 「ああ、わかる。私も好きだな」
パッと答える火田さんにホッとしつつ、反面そのわたし自身に、強く傷付いてしまった。
なぜ、イチオシを押し通さなかったのか。
ああ。
最後にまったく納まり切らない気持ちになってしまった納会だったのである。
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