「隙 間」

2010年12月20日(月) 「季節風・冬」

重松清著「季節風・冬」

久方ぶりの重松さんである。

「普通の人々の小さくて大きな世界を描き出す」十二篇の冬の物語。

ああ。
やはり、重松清は素晴らしい。

「バレンタイン・デビュー」

なんか最高に、くすぐったい。

ずっとモテずに過ごしてきた高校生の我が息子を気遣い、

「いいか。絶対に口に出すなよ。触れるな。何もない普段の一日のふりをするんだぞ」

妻と大学生の長女に、よおく、強く、言い聞かせる。

バレンタインデーである。

義理チョコの一個だって、もらって帰ってきたことがない。
そんなヤツに、母親と姉からだけしかチョコをもらえないなんてことは、傷付く以外のなにものでもないんだ。

だから、何も用意するな。

「じゃあ、晩ご飯くらい好きなものをたくさん作ってあげとこうかしら」

との妻の思い付きに、

「バカ。それも余計なことなんだ」

そうじゃない。
そんなもんじゃないんだよ。

「義理チョコくらい、わたしたちからあげたって同じじゃない」

という妻と娘に、諭す。

「たとえ義理チョコでも、他人からもらうからいいんだ。
そのひとつひとつが、自信に、なってくんだ」

だから家族からじゃ駄目なんだよ。

わかる。
わかるぞ。
だけど、なんかズレてることもわかる。

やたらと「バレンタインのチョコレート」が年頃の男子にとって如何に大切なイベントかを、力説して聞かせる。

生まれて初めてもらったチョコレートが、大学生の頃で、妻からのだった。

そんな経験をしてきた俺だから、わかるんだ。

わかるわかるわかる。
ついついそう力んで、勝手に理解して、力になってやりたくなる。

そこで長女が母親に、呆れた顔で尋ねる。

「なんでこんな人と結婚しようと思ったの?」

さぁ〜……。

妻は首をひねって娘に答えるのである。

これはもう、最強の家族である。

いいか、浮かれた顔、明るい顔をして帰ってきたからって、喜ぶなよ。
そういうときは、決まって駄目だったときなんだ。
わかったか。

はいはい、と付き合う女性陣。
そこに息子が予備校とバイトを終わらせて帰ってくる。

このことに関しても、親バカっぷりは顕著である。

学校だけじゃなく予備校にバイトなんて、貰える機会が多いのはいい。

だけどそれは、逆に貰えない機会が多いのと同じ、諸刃の剣だ。

ぷくくくくっ。

頬を膨らまして笑ってしまう。

息子は、いつもと同じ仏頂面であった。

「よしっ」

これは貰って帰ってきたに違いない。

妻と娘も、小さくガッツポーズである。

ああ。
わたしも一緒になってガッツポーズをしたい。

しかしそれはバイト先のおばちゃんからのものだった。

うん。
それでもいい。
そうやってひとつひとつ、自信を積み重ねてゆくんだ。

うんうん、とわたしも頷く。

そうやって自信をもって、その自信が表れて、次に繋がってゆくんだから。

まさにまさに。
目頭が、じんわり熱くなった。

「それ、みんなで全部食べていいから」

息子はテーブルに、ポイと置いて自分の部屋に戻ろうとする。

父親の俺は、おい、いいわけないだろっ、と。

「自分のは別にあるから」

息子よっ。
そうだったのかっ。

やったじゃん、と妻が目で答える。

ううううう……。
よかった。
そして息子のぶっきらぼうな照れ隠し。
わかるぞっ。

お言葉に甘えて息子の義理チョコを感慨深く摘んだとき。
携帯電話が鳴り、娘がそれまでのとは違うトーンの声で出る。

おい、なんだ、誰だ、誰と話してるんだ。

「いいじゃない。年頃の娘なんだから」

妻がニッコリ応える。

息子ばかり心配してる場合じゃあない。

親になるということは、些細で馬鹿らしい小さな出来事でも大騒ぎな毎日を送ること、なのかもしれない。

重松清は、

そうじゃない。
うまく言えないけれど、そうじゃないことはわかる。
わかっているけど、そうとしか言えずに、そう言わざるを得ない。

そんな影とひなたの境目のところを、巧みにすくいとる。

といっても、ほら、とすくった手のひらをひなたに差し出すようなことはない。

影を踏むときに、ひなたに踏み出すときに、そこをまたいで、一歩。

頬を、指先を、刺すような冷たい冬の空気のなか。
はあっと、かじかむ指先に息を吐きかけるようなあたたかい物語たち。

わかっている。
そんな物語を描きたいことを。
わかっている、の後に「けれど」が付くのか、「のに」が付くのか。

まだまだ、だなあ、とため息をつく。

それもまた「諦め」なのか「やる気」なのか、それともその両方なのか。

出来るかぎり、両方をすくった手のひらを、こぼさずにゆきたい。


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