齋藤智裕著「KAGEROU」
出版界での話題に使い捨てられた元俳優・水嶋ヒロさんのポプラ社小説大賞受賞作品である。
三省堂神保町本店一階入口平台前で、およそ二十分の立読みにて読了。
素直な感想。
大した作品じゃあ、ない。 読んで得することは、何もない。 面白いわけでもない。 感動するわけでもない。
だから、誰にも勧めない。
これの一体どこに、命の大切さや、愛することの大切さが、語られているのだろうか。
ようし。 よしんば、新人作家の新人賞受賞作品、つまり素人が書いた作品だから、というものだとしよう。
わたしも一応、沢山とは言えないが、少しはプロの小説家のデビュー作や新人賞受賞作と言われる作品を読んでいる。
比べものになんかなりはしない。
その程度であるように思えた。 まあ、受賞後も着実に作品を書き続けている方々と比べてしまっては申し訳ないだろう。
おっといけない。
褒めるべき点、目を見張るべき点があったのを、ここで言っておかなければならない。
作中に散りばめられている、彼の駄洒落のセンスは、わたしに肩を並べるほどのものである。
わたしも負けてはいられない。
谷中と根津の境に住むわたしは、嘆息を漏らす。
「やぁ〜なんか、寝ずに考えちゃったよ……」
「台東区から台頭できるかしらん?」
「物書きになろうだなんて、おどライター(Writer)」 「役者の数なんてこの世にちりあくたー(Actor)いるから、生き残りに大変だよね」
さてこのくらいでよいだろう。
発行部数何万部だとか、それに騙されてはいけない。
発行部数は「出版社が発行する」部数であって、「売れた」部数ではないのである。
売れて在庫がなくなり、書店側が発注をかけて、それから出版社が増刷をかけて発行部数が伸びてゆく、のとは今回まったく違うのである。
印税は、発行した部数に応じて何割何分かが著者に入る。
売れようが売れまいが。
売れなかった場合は返品となり、負担が出版社にふりかかる。
出版社の覚悟が、ここに表れるのである。 わたしのときは、たしか千部いかない程度で増刷もなし、さらに按分であるから一度きり、数百円いただいたくらいである。
次に印税をいただける作品を書けるようになるのは、いつのことになるのだろうか。
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