| 2010年12月09日(木) |
「ホルモー六景」大森ホルモー |
万城目学著「ホルモー六景」
万城目学の名作「鴨川ホルモー」に続く、いわゆるスピンオフ作品である。
あのときこちらではこうだった、とか、そうなったのは実は、とか、その後の誰彼は、といった六つのお話が語られているのである。
いけない。
こんなものを読んでしまったら、「そうだ。京都へ行こう」と腰がムズムズそわそわしてしまう。
痒い、こそばゆい。 もう、堪忍ならん。
というところで、舞台がなんと東京にうつるのである。
なんと、まあ。
ホルモーが関ケ原を越え、江戸へと。 そうして、東西を結ぶ。
そうか、こうして江戸は守られてきたのか。
解説に評されているが、まさしく万城目作品は「ホラ話」である。 ホラはホラで、ホラたる所以が重要である。
嘘をさも本当のように、しかしそれが嘘だと一目でわからなければ、ホラ話としての魅力がでない。
そのホラ話を存分に楽しむには、本編「鴨川ホルモー」を一読して後、ライバルや関係者たちの、ホルモーに関わらされたがための素晴らしき日々を、あらためて堪能していただきたい。
さて。
大森である。
イ氏と「あれれ、もう二週間経ったっけ」「どうやら経ったようです」「そうだっけか」と会話するように、まさに実感湧かぬまま月日ばかりが過ぎ行く。
その前に。
まずわたしを見つけた田丸さんが、
「今日は、忘れずに持ってきましたよ」
と得意満面で話しはじめる。
「木曜だから、そろそろ来るかなぁ、と思って」
なんと嬉しいことを。 わたしがいないところでわたしのことをわずかでも思い浮かべてくれたなんて。
わたしが大森に行くのは決まって木曜の晩、しかも大概が二週間おき、とかれこれ数年間、繰り返し続けてきたのである。
それがようやく実を結んだのが、今夜だったのである。
「長らくお世話になりました」
深々と頭を下げる田丸さんが、両の手を差し出す。
た、た、田丸さん。
わたしはもちろん、両の手を伸ばして応え、はっしと握る。
貸していた「RENT」のDVDを、返してもらったのである。
本当に長々と、すみませんでした。いやいやそんな。
「年越ししないで返せてよかったです」
ホッとした顔で笑う田丸さんは、「それとお礼に」と、リボンのついた袋を、わたしに差し出したのである。
ああっ。女神さまっ。 なんたるサプライズだろうかっ。
「サプリメントですけれど」 「さぷらいめんと?」 「ビタミンCですよ」
そうか風邪の季節だから、と。 なんとやさしい心遣いなのだろう。
消費が激しそうですから、きちんと補給してくださいねと。
口をすっぱくしながら、満腹になるまでバリボリかじってしまいそうである。
そんな高揚気味のわたしをよそに、田丸さんは淡々と先を続ける。
頭痛は。いつも通りです。 口渇は。いつも通りです。
食欲は。 オウセイです。
食欲は、オウセイ、です、と。
言いながら、その通りに書きだしたのである。
なんとお茶目な女子なのだろう、と目尻がでれんと下がりかける。
いや、ホントに書かないでいいですから。 でも、書いちゃいました。
「大盛」
あのぅ。そりゃあ、嬉しいですけど、字ぃが違います。
えっ、じゃあ「大勢」 それもなんか違います。
「どんな字でしたっけぇ?」 ハラリと裏返し、わたしに紙とペンを差し出してくる。
応、とここで物書きの恰好をつけてやろうと、勢いつけてペンを走らす。
「応」
違う。 それは今のわたしのなかでつぶやいた言葉だ。 つい勢いにつられてしまった。
「旺盛」
が正解である。 欄の中を二重線とバツテンが占拠したのを、
やっぱり消しときます。
と修正ペンで真っ白に消す田丸さんの姿は、いたずらを見つかったクーピッドさながらである。
なあにを、ヤイヤイやっているの。
イ氏も負けじと饒舌であった。
どうやらわたしが本日の最後で、時間ものんびり話をする余裕があるらしい。
泉鏡花と湯島天神と、幸田露伴と谷中輪王寺と、日本語の描写と、読むだけの文字と声に出して音になる言葉と。
そう。 わたしが望むものは、
「音を持っている言葉」
なのである。 音は響き、伝わり、残るのである。
余韻。
面白い作品なら、ちり紙のようにあまたある。 しかし、響き、残るような作品はなかなか、いや滅多にない。
力ずくで「震わせ」ようと直接手を伸ばしてくるようなものは、その手が離れればそれでもうおしまいである。
しかも土足であがりこんでくるようなものは嫌悪感すら感じる。
例えば時代劇の殺陣で斬られ役が、
「ピュウゥ」
と血を噴き出している様を直接見せているシーンである。
直接見せるそれは、わたしには単なる安っぽさ、陳腐なものにしか見えない。
「ズビュッ」 「ぐわっ」
顔をしかめ、ううう、と画面からはけてゆく。
その方が、好きです。
あはは、そうかいそうかい、とイ氏が笑う。
じゃあ。
「今年は、もう、来ないのかな」 「あと一回、来ます」
そっかそっか。 そうです。来るな、とおっしゃるなら考えますが。 まさかそんなことは言わないよ。
来なければ困るのはわたしのほうである。 しかし早いもので、気付けば師走も最後の全速力のところに差し掛かっている。
つまずかずに、走りきれるか。
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