| 2010年11月20日(土) |
ゴスペルの光と凪と阿房列車 |
コンサートにいってきた。
「Ginza Graceful Choir チャリティーコンサート2010」
すべては一曲の歌との出会いから、始まった。
二十年ほど前に、とある曲に出会い、そしてそれを追いかけ続けているうちに、ライブ会場で、当時はまだ彼氏だった現在の旦那さんと一緒にきていた陽朔さんと、知り合った。
「RENT」のオリジナル・メンバーによる最終日本公演を陽朔さんも観に行っていて。
「感動した。私もあんな風に「seasons of love」を歌いたい」
そういっていた。
彼女はゴスペルの教室に通いはじめ、わずか一年と経たずに、今日、そのソロ・パートをステージで高らかに歌い上げた。
パワフルに。 のびやかに。 ほがらかに。
「一年を何で計る? 愛で計ろう 仲間たちとの、愛で 仲間たちの、愛で」
NHKアナウンサーの司会と指揮者である先生との、おそらく先生のわざとだと思う掛け合いが観客席を、ステージを和ませる。
素晴らしいステージだった。
たとえばもし、ひとりきりで来ていたとしても、満たされていただろう。
さてここで時間を戻そう。 宮藤官九郎の浦安キャッツアイ形式、というわけではない。
当初陽朔さんにコンサートのお知らせをいただいたときは、ひとりきりで駆け付けるつもりだったのである。
しかし本番が近付くにつれ、尾てい骨の上のあたりがむずむずしだしたのである。
誰か、誰か付き合ってくれそうな、内田百ケン先生のところのヒマラヤ山系のような相手はいないか。
そこで駄目元で白羽の矢を立てた人物がいる。
この「白羽の矢」とは、本来、「犠牲になる」という意味で、よいことではないのである。
つまり、ステージでソロに選ばれた陽朔さんとは真逆の意味でわたしに選ばれてしまった相手、である。
高屋凪さんである。
彼女を知る地元の友人らは、
一年を凪と会った数で数えよう えいと、会ってないから、数えられない
となる者が多いだろう。 ここ最近は、一回で一年、数えられるように努力されているようである。
わたしが放った白羽の矢が、ヒュンと予想外に返ってきたのである。
サクッと脳天に矢を刺しながら、すぐさままた矢文を返す。
先日友人らの出産祝いのとりまとめ役を、凪がやってくれていたのである。
それで今年の彼女のお役目も済んでしまったのだろうと、半分決め込んでいたのであったわたしである。
「立て替えといたお品代、よろしくね」 「あれ。振り込んでなかったっけ」 「うん。まだなにちゃんからしか受け取ってないから間違いないよ」
取り立ても兼ねていたようであった。
矢文の以前、「山田詠美さんの本はあれがお勧め」「なら、誰々のあれがお勧め」との話をしていたのである。
それを出かける直前、靴を履いた時点で思い出した。
しかし、誰の何をわたしが勧めたのかが思い出せない。
おう、夏の高知の土産の竜馬伝ストラップは、どこの山に埋もれさせてしまったか。
それも思い出す。
本はとりあえず有川浩あたりを一冊手にとってみる。 いやこれも、いやいや、ならこの三部作全部だろう、と紙袋が別に必要になりそうな量になる。
諦めよう。 貸さずとも、買って読んでもらえばいい。
はたと時計を見る。
いかん。 十五分くらい、遅刻だ。
矢文を飛ばしておいて、すぐさま出かける。
地下鉄である。 途中の駅か下車した駅にならねば着信はできない。
怒りマークの返事が、到着した駅で返ってきたのである。
わたしはそれくらいのことでへこたれるつもりはない。
「前のときも遅れて、しれっとした顔できたから、怒りマーク付けてみたんだけど」 「前っていつ」 「なにちゃんのお宅にいったとき」
おおっあのとき以来か、と一年経たずに再会したことに気が付く。
そっかそっか、とわたしはカラカラ笑う。 笑いはしたものの、一応、神妙な顔で遅れた謝罪はしておいたのである。
そして会場に向かう前に昼飯を、というわけで、日本橋の甘木天丼屋に寄ったのである。
凪の勤め先が贔屓にしている店、とのことであった。
何を天丼、こちとら浅草は江戸時代から創業の「三定」をいきつけにしてるんでい、と鼻っ柱を気付かれぬようにピンと立てていたのである。
ポッキリ、折られてしまったのである。
海老に穴子にししとうにイカに、それらに絶妙な辛味と甘味のつゆがかけられている。
美味っ。
ボリュームもまた、しっかりしている。 板前弁当として湯島にあるという。 会議だなんだで注文した感想をみてみると、やはり皆、褒めてある。
創業者は浅草の生まれ、料理協会の理事だとかなんだとかで、三代目らしい。
浅草の天丼は、それは高級店はよく知らないが、シンプルに醤油の辛味が特徴なのが多い。
江戸っ子の辛口カリカリさが表れているといってもよいかもしれない。
しかしこの店のは、甘味と深みが、あるのである。
舌も胃袋も大満足、である。
さあ、あまり満足感にひたっていると、肝心の開演時間に間に合わなくなってしまう。
しかし、わたしは凪にそろそろ、といわれるまで至福に酔って席に張り付いてしまっていたのである。
おお、歌姫のステージが、待っている。
そうして、コンサート会場へと地下鉄で急いで向かったのである。
ここでコンサート会場に話が合流。
とにかく美味い天丼で腹も満たされ、素晴らしい歌で胸も満たされ、後は乾いた咽喉を潤わせるだけである。
アイス珈琲をちゅるちゅる吸いながら、本の話になった。 そこで、意外な嬉しい話題になったのである。
「内田百ケンって、知ってるよね」
凪の口からよもやまさかの百ケン先生の名が、飛び出したのである。
知ってるもなにも、ない。
とある作家さんが百ケン先生の作品がどうの、と触れていたらしく、それをみた凪が興味をもったらしいのである。
本来は別の話を根掘り葉掘りすべきだったかもしれないが、もう、わたしは止まらない。
百ケン先生は岡山のひとで、岡山といえばわたしが好きな作家さんらは皆、岡山に関わっていたり、縁がある云々。
まずは百ケン先生に影響を受けたという川上弘美やら、倉敷にくらしている小川洋子やら、それに名友の奥さんもほら、岡山の方で云々。
阿房列車特別急行発車、でる。
どれがお勧めかしらん?
百ケン先生のお茶目な、癖のある愛すべき人柄に触れてもらいたいならば、「やっぱり阿房列車、かな」との凪に頷きたいが、不思議な世界に癖になってもらいたい。
それならば「冥土・旅順入城式」か「東京日記」あたりを勧めたい。
いやいや「ノラや」や「恋文」「恋日記」の、デレデレメロメロオンパレードな百ケン先生の一面に、母性本能をくすぐられてみてもらいたい気もする。
いややはり「阿房列車」が、一番入り口に相応しいかもしれない。
凪と別れた後、その足で神保町にとって返し、三省堂の棚の前に腕組み思案して、にらめっこである。
独特な文章に、はたしてついていってくれるだろうか。
気に入ってもらいたいものである。
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