「隙 間」

2010年11月14日(日) 「さよなら、そしてこんにちは」

荻原浩著「さよなら、そしてこんにちは」

これはもう、わたしはすっかり舌を巻き、尻尾を巻いて、スタコラサッサと東海道をひた走りしたくなってしまった。

荻原浩は、やはりスゴい。

荻原作品で渡辺謙主演の映画「明日の記憶」ならば馴染みがあるかもしれないが、シリアスなだけではない。

軽快でコミカルで、ニヤニヤさせられながらも、ジンとさせる。

この「ながら」というのが、絶妙なのである。

誰にでもできることではない。

表題作を含めた短編集である。

はじめに言っておこう。

是非、小さな子どもがいる方、もうすぐ産まれる方、産まれたばかりの方らに、読んでもらいたい。

あるある、わかるわかる、と、知らず知らずのうちな、口元目元がゆるんでしまっているに違いない。

表題作の「さよなら〜」は、葬儀社に勤める男が、妻が出産間近で仕事と私事の狭間で送る日々の物語である。

一般に地階等に設置される霊暗室が彼らの営業の戦場であり、その上階の産婦人科に、妻が出産を直前に入院している。

あり得るその舞台設定に、だからこそ共感し、そして舞台設定の魔術師たる荻原浩の仕掛けが、ジンと胸をあたたかくする。

戦隊ものの若き出演者に萌え、子どもをだしにして悪戦苦闘する母親や。

スロー・ライフを求め、実は引きこもりになってしまった息子のために田舎に引っ越し、妻も娘も、例え買い物に車で何十分ゆかなくてはならなくても、携帯電話のアンテナを届かせるために藪をかき分け山に登らねばならなくても、環境へのそれは言えども決して息子や弟への文句や不平は口にしなかったり。

スーパーの仕入れ担当が、売上のためにワイドショーの健康情報コーナーに振り回され、家族も犠牲になり、小さな娘は観たいテレビのチャンネルをかえられて「い・や・だ♪」と画面の前でお尻ふりふりダンスの抗議をしたり。

寺の住職が、若い妻と小さな娘のために、初めて禁を破ってクリスマスをサプライズで用意しようと奔走したり。

すべてが、愛らしい。

すべての感情や出来事が、そうして出会い、別れ、また出会いを繰り返してゆく。

荻原浩。

スタコラサッサと何度逃げ出しても、読むためならば何度でもわたしは帰ってきてしまうような作家である。


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