今宵、大森あがりである。
イ氏が開口一番、
「水嶋ヒロのあれは、ないよなぁ」
あっはっはっ、やはりそこに来ますか。 ゆくよ、もちろん。
ならばわたしは毒太となろう。
「イ氏です。毒太です。 二人あわせて、シンサツシズです」
マイクスタンドを挟んで立つ。
「シンサツならぬ辛辣に、ゆこうと思うんですが」 「あなたねぇ、親子ほどの年の差があるんだから、少しは私をたてて、やさしくゆきなさいな」 「じゃあ、イ氏の専門を考慮しまして、やっぱり「無呼吸」で一気にゆきます」 「なるほどうまい。まあいいでしょう。で、なんですか」
漫才調も疲れるので、元に戻そう。
あれは、出来レースだよなぁ。 芸能に詳しくないイ氏からみて、その感想である。
一般の方々も、まず、信じられないだろう。
出版業界は軒並み不況の谷底で、さらに落ちぬよう必死である。
これはわたしのひがみと、ひと握りの情報から膨らまして筋道立てた、「悪い妄想」のシナリオである。
主催社名を聞いて、ピンとくる。
以前から各種文学賞を企画してきた。 企業小説などジャンルを限定したり。
受賞作品イコール出版・単行本化、それが売れるかどうかはわからない。 そんななか、だから「大賞に該当作品なし」という文学賞の選考結果がよくみられたりする。
文芸誌を抱え、そこで反応を窺うこともできない。
書店で、目立つ正面の棚を確保できる力があるわけではない。 メディア化し、勢い展開できるネットワークは、他社に握られている。
まず確実な一撃でなければならない。
必死の、必至の一手。
である。 規定枚数の二三百枚は、初めて書いて書けるものではない。
ライターをつけましょう、奥様のこともありますから、テーマは命にしましょう。
応募の際に必要な頭紙ですが、経歴やプロフィールはなしにしましょう。
予審査で通過する際に、本人確認の連絡は必須ですが、なに、構いません。
審査員が確認するわけじゃあありませんから。
「受賞作品が決まってから、水嶋さんだと、初めて知りました」 (審査員評)
「純粋に(ただ私が、に限らず、ではなく誰かが)書くことを評価していただき……」
話題は確実です。 この不況に、どこが売れるかわからない素人が書いた作品に賞金を出しますか。
これはぶら下げたニンジンです。
ニンジンに、せっかくだから、素晴らしい演出をしましょう。
いえいえ。 たとえお支払いしても、ちゃあんと、元はとらせていただく算段はございますよ。
え? 辞退なさる。 (後ろめたさ。一握の誇り。いや、せめてもの) それはまさに美談です! コメントしましょう! 賞金を未来のために!
いやなに、算段というのはですね。
単行本化、やがて映画もしくはドラマ化。 なに、枠なんか、簡単にあけてもらえますよ!
ただし。
テーマソングを、ちょっと奥様にご協力願いたいのですが。 いやいやいや。 作詞作曲までで構いません! 水嶋さまも、たとえば「特別出演」としてご出演いただければありがたいです! (ドラマなら、いつ出るかサプライズにしておけば視聴者をひきつけるネタにもなるし。それはPの腕に任せればよかろう)
世間から離れ過ぎますと、話題力は一気になくなってしまいます。 今のこの時期が、チャンスです!
元の事務所の役者さんやらアーティストさんやらを絡ませれば、協力的にもなってくれるし。 そうすれば、ご恩返しもできます! 世間的にも「円満」を伝えられるし。 まあ、これはあまり強く言わない方がよいですが。
ブランク、場違いな再登場、のプレッシャーがあったかもしれない。 しかし、元役者である。
棒読みのような、押し殺したような話し方をするだろうか、と思うのである。
戸惑いがあれども、ちらりとでも、こぼれてしまう「喜び」を、彼のどこかに誰か見ただろうか。
おそらく二作品目は、無いとわたしは思う。
その前に、別の世界か、役者の世界に戻るか。
「水嶋ヒロでないと出来ない役なんかない。似たような顔の役者なら、他にもいる。あくのある替えがきかない個性的な役者じゃあないから、使えるうちに使いきってしまえ」
あくどいが、わたしならばこんなシナリオを描くだろう。
「わたしも、名前を売ってから本を書くようにします」
イ氏に宣言してみたのである。
「へえ。それで何で名前を売るの」 「それが、大問題なんです」 「それは問題だ」
あっはっはっ。
大森の宵闇に響き渡る笑い声。
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