| 2010年11月03日(水) |
「或る少女の死まで」 |
室生犀星著「或る少女の死まで」
最近映画にもなった小説「森崎書店の日々」の作中に、主人公の女の子が手に取る作品として登場している。
わたしはそういうのに、弱い。
室生犀星といえば、名前は知っているが一体なにを書いたひとだらう、というくらいの知識しかない。
犀星は詩人であった。
なんと。 だからといって詩集を読んでみよう、とまでは思わないようにする。
詩集には、わたしがとりつけたしまの覚えが、まったく無いのである。
映画「メンフィス・ベル」でイエーツを読んでみようと思い、しかしわたしが読めるのは翻訳された日本語しかないのであるから、詩というもの本来とは異なったものであり、つまり、まったくつまらないやり方をしてしまった、自業自得である後悔がある。
二つめは、高校入試の国語の問題で、中原中也の「汚れっちまった悲しみに」が出されていて、解答の見直しもせず「汚れっちまった」を、ふむふむほほお、とニヤニヤ眺めていた記憶が、書店の棚で中原中也と偶然の再会をした際によみがえり、そのまま我が家の棚に開かれることなく鎮座まします運びに至っているのである。
もとい。
本作「或る少女の死まで」は、「幼年時代」「性に目醒める頃」の二篇と合わせて、自伝的三部作となっている。
詩人を目指す鬱屈とした青年と近所に住む少女とのあたたかき交流を描いている表題作。
舞台がなんと、我が家の近所。 今のひとつ前の住まいならばお隣さん、くらいのところが舞台なのである。
千駄木は団子坂、谷中墓地に根津から上野広小路。
さてそんな舞台の当時、肺病によって亡くなる方が多くいた。 いわゆる不治の病である。
行きつけの酒屋の少女が、しばらく行かぬ間に肺病を患いいなくなってしまう。
その無邪気さ快活さ朗らかさに救われていた近所の、日々弟を連れたりまたひとりで部屋や庭先に遊びに来ていた少女が、来年また東京で遊びましょう、と指切って田舎に帰ったまま、やはり肺病で亡くなったと、その家族からの便りが届いたり。
不治は不治だが、命にかかわらないものでよかったと、我が身を思ってしまったりする。
作中、動物園(上野動物園だろう)に少女をつれて行く場面がある。
おとなしくやさしそうな象を少女は気に入るだろうと犀星は思っていたが、少女はちっとも思わない。 むしろ、犀星が小馬鹿で忙しないと気に食わないでいる猿山の猿たちを少女は気に入る。
実はそういった機微のすれ違いはどこにでも誰とでもあり、それをすくいとるのが、うまいのである。
さすが詩人。
比喩ではなく、事象でスマートに表現する。 これは、やるのは簡単だが果たすのは難しいのである。
果たすには、何はさておきやり続けて、それを積み重ねてゆかなければならない。
一日一文。
それすらも滞りがちではあるが。
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