| 2010年10月28日(木) |
BLT2010最優秀賞 |
先日、わたしも途中お手伝いした「四十八時間耐久コンペティション」こと、
「Build Live Tokyo 2010」(以下BLT)
の最終結果発表が、あった。
BLTとは、建築業界が以後、主流となってゆくだろうBIM(Building Information Model)システムの啓蒙・周知化を目指したイベントである。
昨年は東京で二回催され、それ以前にロンドンでも催されている。
大手ゼネコンの中でやや遅れをとってしまった我が親会社は、今回初参加である。
それがなんと、
最優秀賞
である。
面目躍如、とでも言おうか。
うがった見方だが、喜びは本参加して寝ず帰らず死人化していた正規メンバーに素直に受けとめていただいて、わたしは案の定の天邪鬼で語らせていただこう。
参加チームは、今回初めて設けられた学生部門は置いておいて社会人、実務チームの大概は複数回目の参加であった。
BIMの「現実的」な「概念の限度」のようなものを経験から感じ取り、その中での提案というものになってしまいがちになる。
審査員の総評を、紹介しよう。
「BIMだからこうなりました、ではなく、BIMだからこうすることができます、という、挑戦的な姿勢、可能性を感じさせる作品がなく、残念だった。 その中で後者に値するだろう作品、チームを最優秀賞に決定しました」
夢ばかりの現実無視ではなく、それを現実にいかに具現化するかの可能性を、現実的に追求してみた他チームは、間違ってなどいない。
我がチームも現実を踏まえた作品、提案ではあった。
しかし。
経験測のものさしの浅さ深さが、他チームの「限度」を向こう知らずの勢いで、ちょいと超えたものを作らせた、のかもしれない。
BIMの実務化においては、まったく他大手ゼネコンには足元にも及ばない。
だからこその、成果、であったのかもしれない。
来年もまた、BLTは開かれるだろう。 そのときが、真価と進化を問われるのである。
今回、同じ開催されていた様々なセミナー、講演会を振り返ると、これからのBIM導入は、前途揚々というわけにはゆかないようである。
BLTの審査員評に、次のような言葉が、はっきりと、強く、告げられていた。
「正直にいいます。 四十八時間という同じ条件だとして従来の二次元によるコンペティションを開いたとしたら。 はっきりいって、三次元のこれらは足元にも及びません。 残念ながら、完敗です」
辛評、と前もって言われてはいたが、まさに。
三次元モデルデータによる提出は、平面的な表現に限られていた二次元での提出で描かれなかったもの、つまり、紙に書かれたものは内部を覗くこともできなければ、違う角度から自由に眺めることができない、それらを「見える化」として、好きなようにデータ内で覗くことができるのである。
三次元CGのテレビゲームを想像してもらえばいい。 縦横無尽にゲーム内で動き回っても、背景の建物や風景がきちんとついてくる。
それに加えて、さらに。
例えばゲーム内の宿屋や道具屋や、あまつさえお城の壁をはがして、その中はどうなっているのか、まで見られるのである。
ただの板切れじゃないか。 土壁だったんだ。 断熱材が入っていて、さすがお城だ。
つまり。
現実に縛られてしまう。
二次元は、紙に描かれていなかった余白の部分を、想像してさらに豊かに思い描かせる。
しかし三次元は、見えないところが、ない。 全て見える。 だから、ごまかせない。 想像に任せて、それぞれさらに勝手に思い描かせることができない。
「ムンクの叫び」が何を見て叫んでいるのか、こちら側にあるものを、三次元ではそこにあるものとして、用意しなければならないのである。
恥じらいなく鼻をほじっているモナリザが立っているのか、ミロのヴィーナスが酔っ払って服を脱いで裸踊りをしようとしているのか。
つまり。
BIMだから(三次元でそれを置かなければならないから)こうなりました。
ではいけないのである。
想像力を打ち砕くのではなく、さらに羽ばたかせるものでなければならない。
しかし、現実的なもの。
さらなる高次元へと、昇華してゆかなければならないのである。
まだまだ可能性の発見段階であるBIMに、無意識だろうが現実であろうが「限度」で世界をとどめてしまってはいけない、とのことなのかもしれない。
今回の素晴らしき結果を受けて盲目的「BIM」信奉者が増えることだろう。
それはよいことである。
しかし、盲目的信奉者の誤った理解、暴走は気を付けねばならない。
「BIMって、三次元でなんでもできて、すごく効率的なんでしょう?」
違う。
ただ「なんでもできる」わけではない。 「効率的」でもない。
あらゆる要素・情報を入力できる。 であるから、それら全てを入力しなければならない。
ということなのである。
会場からの帰路。 ゆりかもめからの車窓は、強く雨に煙っていた。
願わくば、この雨が強く根をはり枝を伸ばすための慈雨であって欲しい。
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