井上荒野著「夜を着る」
旅をテーマにした八編の短編集である。
「旅」というよりも「よそ」を感じる物語というべきなのかもしれない。
「よそ」へゆくのが「旅」である。
ギタリストの夫の浮気を疑った妻が、隣家の旦那と演奏先の北国へ尾行の旅にでる話や、いつもは乗り換えだけの駅で降りてしまい、初めて学校をサボる少女の一日や、結婚するにはお互いまだまだ不安なことだらけで、結局二度目の堕胎手術を暗黙の了解で受け、吐き出し口が互いに見つからぬまま、ただ車で行き着いた港町の二人の話。
井上荒野の世界は、どこかけだるげな、いや物憂げな、しっとりとしたものが多い。
告白するが、わたしは幼い頃、両親が夏休みやらには頻繁に家族旅行に連れていってもらっていた。
和室で卓袱台を隅に寄せて、家族で同じ部屋に寝る。
それが、実はどうにも落ち着かなかった。
それはたとえ家族が隣にいてくれていても、それこそが「よそ」に来ていることの証明だったからであったように思う。
家でのあるじは、父でありまた母であり、それなのに、「よそ」のところに「家」でのそれと同じものを、幼いわたしは重ねて、等しく同一ではないものを受け入れることが容易ではなかったのかもしれない。
新しい地よりも馴染みある地で、じっとしていたい乙女座である。
今ではすっかりひとりで寝ることに馴染んでしまっているのである。
とはいえ、もっぱら舞姫を毎夜欠かさず供にしているのだから、誰といようが寝ることにさして変わりはないだろう。
いやしかし。
やはり「よそ」よりも「馴染み」に固執するのは変わらない。
「馴染み」がわたしを引きつけるのか、わたしが「馴染み」にしがみついているのか。
もとい。
本作品は「旅」といっても物理的な旅行が主題ではない。
旅にともなう心の物語である。
それは列車の揺れのように、車の振動のように、無意識に内面へ響いてくる。
人はどんな気持ちで、旅に出るのだろうか。
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