「隙 間」

2010年10月21日(木) 「挨拶は一仕事」と舞台は大森

丸谷才一著「挨拶は一仕事」

珍しく単行本である。
かの丸谷才一が、自身の様々な折々の挨拶の文章を、単行本にまとめた一冊である。

ご年齢から、およそ多くが著名人への弔辞やらとなっているが、記念パーティーや結婚式のスピーチも収められている。

そもそもが、わたしの所蔵ではない。

今宵、持ち主にこれを返却するを兼ねて大森に赴いたのである。

「川上弘美の「センセイの鞄」が出てくるなんて、驚きました」

えっ、出てないよ。
そんなはずないって。
なんで川上弘美なんか。

イ氏が、真っ向から否定するものだから、わたしは意地になるもならないも、本当に書いてあったのだから、いやいやいや、と返した本を取り返そうとするが身を乗り出したところまででやめておく。

入院してて、すっかり何もやる気がなくなっていたご主人が、川上弘美の「センセイの鞄」を見舞い代わりに送ったら、夢中になって読んでいた、ありがとうございました、とその奥様からお礼を言われた。

とのエピソードです。
そんなのあったかなぁ。
ありました。ほら、もうちょっと前半のほうだったと思います。
えぇ? ないよぉ、そんなの。幻覚じゃないのぉ?
いぃえ、ありました。絶対。

あっちこっち、いやそっち、パラパラとページを挟んでつのを突き合わせる。

「そこです」

ああ、本当だ。
でしょう。

「いやあ、失礼しました」

えっへへ。
と机にあごをつけてイ氏が謝る。

「センセイの鞄」は、わたしにとって外すことができない重要な川上弘美作品である。

好き嫌いは分かれると思います。文章から香りだすあの雰囲気が、離れがたくさせるんです。

ところで、とイ氏が腰を折りにはいる。

ここに書いてある「吉井澄雄」ってひとなんだけどね。

「俺のことがここに書いてあるから、買って読んでくれ」

って言われちゃって、買わされたんだよ、この本を。

どうやら顔馴染みの間らしい。
吉井澄雄とは、舞台の照明やらの演出家さんである。
劇団四季の創設者のひとりである浅利慶太さんらと数々の仕事をし、ヨーロッパなどでも活躍されているらしい。

知り合いなんですか。
うん、だから買わされたんだよ。

有名人ときくと、ミーとハーがムズムズしだす。

「あなたがばったり会ったりするような時間に、彼はまずこないよ」

ばったり会ったからと、何ができるわけもない。
浅い呼吸を頭のなかで、ハッハッと繰り返し響かせるのがせいぜいであり、ペコリと頭を下げるのが、最大限できることであろう。

つまりは、小心者の真骨頂の発現である。

「浅利慶太といえば、むかし「違いのわかる男」のCMに出てましたよね」
「そう、出てた」

ダバダー、バー♪
ダバダー、ダバダー♪

ふたりそろってハーモニー。

それまで田丸さんがいなくて寂しい気がしていたが、このときばかりは、いなくてよかった。

まったく、外で聞いていたひとらにあやしげな一室だと思われたに違いない。

だからといってそれが変わるわけでも、つもりもないのである。

大森の一夜は、こうして帳を下ろしたのである。


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