「春との旅」
をギンレイにて。
仲台達也、徳永えり主演。 北のかつてはニシン漁で賑わったが、今はすっかり寂れた街。 祖父と二人きりで暮らしていた孫娘の春。
祖父がある日、突然家を飛び出した。
「俺は兄弟のどこかに居候をさしてもらう。春、おめえは自分の生きてぇように生きろ」
春が勤めていた学校の給食センターが廃校になり、職を失っていた。
飛び出した祖父の後を追い、一緒に春にとっての叔父叔母らのもとを訪ね歩く。
しかしどこも誰も受け入れてくれるような余裕がない。
なんせ、祖父は偏屈で勝手で、兄弟らとの仲は疎遠で、決してよい間でもなかったのである。
同行してゆくうちに、春は別れたままの父に、会いたくなる。
春の母は、父との離婚が原因で自らの命を断ってしまったのであった。
「ひとは、どうすればつぐなえるの?」
離婚の原因は、母の浮気だった。だから父は悪くない。だけど父は許してくれず、出ていってしまった。
お前の父ちゃんは、家と別れてまでして、母ちゃんと一緒になってくれた、いいヤツなんだ。
わかってる。わかってるよ。だけど。
この作品に、悪い人間などひとりも出てこない。
春との旅は、美しい北の風景の中、どこにたどり着くことができるのだろうか。
この作品。 感動するのは、その役者の演技において、である。
仲台達也はもちろんだが、春を演じている徳永えりが、抜群である。
猫背でがにまたで、垢抜けない意地っぱりさ加減が絶妙な女・春を見事に演じている。
さて。
実は甘木資格学校の担当者とお会いして、お話をすることがあったのである。
仕事の為かけてきているとはいえ、この数年間ずっとわたしは居留守で通してきていたのであった。
毎週末の講習時間は、丸々半日、座りっぱなしのものである。 予習や復習の課題も毎週で、それはつまり当たり前のことで何の大変さも必要でない、普通のことである。
さあ。 この半年を振り返り、それはわたしには到底ムツカシイことなのである。
夜は仕事がなんとか、あとはぼおっと。 覚えるとか記憶するとか、昨日のことか先週のことか、前後も確か不確かもあやふやになってしまうわたしである。
講習も決まった時間にゆけるかどうか、いっても時間内を起きて過ごせる保障は皆無である。
そこに一年だ二年だと限って金を出して通うなど、もったいない。
「それはご本人の気持ちの問題ですから」
頑張って頂きたいのです、との彼に。
「言い訳と思って聞いてください」
と鳴子のことを持ち出して、やっと納得堪忍してもらったのである。
これで再三の電話もなくなるだろう。
しかし。
ひとと同じ生活をしてゆくには、常に誰しもが努力を必要とする。
その努力が、ひとよりもさらにちょっとだけ、必要なだけである。
出来ません。 やれません。
ではなく、せめて、
出来ませんでした。 やれませんでした。
という、せめて一歩前に出た言葉を、口にしてゆきたいものである。
季節の変わり目に、また同時に、あらがう術ない波の訪れの気配を感じつつ。
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