松尾家に娘さんが生まれたそうな。
つい先日のことである。
どうもおめでとうございます。いやいや、こんなときにいろいろ迷惑をかけました。いやいや、そんなそんな。
松尾さんはわたしと同い年、まつ毛が長めのなかなかハンサムな方であり、奥様も、昼休みに出口で仲良く待ち合わせて食事にゆくその後ろ姿しか拝見したことがないが、なかなか美人さんのようで、美男美女のご夫婦なのである。
先週、わたしらがそろそろヤバイヤバイとカチカチあせあせと仕事しだしていたころ、ちょうど予定日だったらしく、
「連休のうちに生まれてくれると嬉しいんだけど」
と、いそいそあせあせした様子になっていたのである。
仕事の第一次剣ヶ峰を越えたので、後れ馳せながらそのような話をさせていただいたのである。
ふたりめで、また女の子でさ。
まつ毛がキラキラと、嬉しそうに手を振っている。
わたしの友達も、まさに先日ふたりめが生まれたばかりなんですよ、と、友のふんどしで相撲をとろうとしてみたのである。
白鴎の連勝のように、松尾さんは我がことの喜びと嬉しさと幸せさに、破竹の勢いでひたりきり、わたしのあっけない黒星である。
自分のふんどしで、相撲はとらなければならない。
席に戻ると、古墳氏の机に建築雑誌が、まさに今、袋から取り出されたばかりの体で、置かれていたのである。
「建築知識」
業界で知らぬものはない、バイブルのような月刊誌である。
「鉄骨造の云々」という特集名に、敏感に反応したわたしは、ついと手に取る。
バイブルのような、とはいったが、わたしは普段、滅多にみたりしていないのである。特集ごとに読む読まないを選ぶひとが大概である、というのに合わせているふりをしているのである。
「鉄骨の特集じゃあないですか」
持ち主である古墳氏の了承を得る前に、ひょいと取り上げペラペラと項をめくる。
「そうだ、みて下さいよ」
横合いから古墳氏の手が延び、取り返されるのかと明け渡す用意をしたが、特集項をさらにペラペラと、末項に向けてめくってゆく。
「これ。ここみてみてよ」
トトン、と指差す。
「同姓同名、ですね」
ほう、と見つめ返す。
「ちゃうちゃう。ちゃんと会社名みて」
あらら、古墳さんの会社と同じ名前ですね。
とぼけてみる。
「これ、ワシですって」
鉄骨造の納まり詳細や注意点を特集したその原稿を、作成していたのである。
巻末裏を開き、
「ここにサインしてください」
そしてわたしにくださいな。
「ただのオッサンですやん」
なんと謙虚な古墳氏であろう。
図面や三次元モデル図のみならず、説明文までも、古墳氏が担当した項はすべて、書いてレイアウトしたそうなのである。
「いや、言い過ぎた」
レイアウトやらの細かいのは、若いひとにやらせたんですわ、わはは、と坊主頭をかく。
文章にかんしては、てっきり雑誌社のひとが書いているのだと思っていたので、面を食らってしまったのである。
わたしらと仕事し始めた頃、名古屋から単身赴任でビジネスホテルから通っていた頃、休みは図書館で仕事ですわと笑っていた頃、まさにこの原稿作成をしていたというのである。
全国のひとが、古墳さんの書いたものを、読むんですよ。 やっぱり、サインして、この献本をわたしにください。
「だから、ただのオッサンですやん」
じゃあ、ただのオッサンじゃなくなるようになってください。
いやいやいや。 でも。 本当にこんなんを世に出してしまってええんやろか思いましたよ。
わかります。
まあ、全体の構成や指示を出していたのは古墳氏の上司であるのだが、「辞めちまえ、と怒鳴られながらやりましたわ」との真摯な成果のそれである。
建築は自分が書いたものが形になり、残る。 しかしそれは、ひとりでつくったものではない。 建築は生き物であり、できあがるまで、常に誰かの意思や希望で変わり続ける。
書籍などの原稿、文章は基本的にすべてが自分自身の意思で形になる。
「本当に、コワイですわ」
だから、
「早くサインください」 「なんでですのん」
サインの価値がきっちりあがるように古墳さんに頑張ってもらわないと。 いや、だから。
「ただのオッサンですって」
古墳氏が、自分のことをオッサンオッサンとあまりにもいわれると、たいして歳の変わらないわたしも、やはりオッサンだと気付かされそうになってしまうのである。
即、撤退。 せめてもの抵抗。
である。
わたしのふんどしは、物干し台で、真っ白にひらひら風に揺れている。
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