吉田修一著「パーク・ライフ」
芥川賞受賞作である。 著者の「ひなた」を以前読んでいたのだが、どうにも印象が薄かった。
「悪人」
深津絵里さんが賞をとったことで話題になった映画の原作者でもあり、大佛次郎賞を同著でとってもいるのである。
本作「パーク・ライフ」は、日比谷公園を舞台に出会った男女の物語である。
思わず、わたしもいつもとは逆の出口の階段を上り、日比谷公園のベンチに居座ってみようか、などと思ってしまう。
男女の物語とはいえ、恋愛物語ではない。
そこがまた、日々の日比谷公園という舞台で、公園らしく爽やかで、薫風、のようである。
イ氏に先日、この作品を読んでる最中だと漏らしたところ、
なかなかいいでしょう!
とお気に入りの様子であった。 たしかに読みごこちはよかったのである。
しかし読み終えた今のわたしは、申し訳ないが病みはじめてしまっているのである。
何とはなしに、谷崎を求めている心境に陥ってしまっているのだから、にべもない。
とりあえず連日の残業休日出勤の山は越えられたようであるので、それでも谷崎を求めているのかは微妙である。
別の小山と次の大山の峰がすぐ前に見えているのは、一日くらい目を逸らしたってよいだろう。
雨降る日比谷公園の噴水広場に、パーク・ライフを見つめにゆくのもよいかもしれない。
「はじまりのきっかけは、目に見えなくても、それぞれのなかにある」
わたしにはあり過ぎて、何がどのはじまりのきっかけなのかわからない。 いや。 おそらくわかるからこそ、わかっているつもりの白々しさに、目を逸らしているのである。
刮目せよ。
しばしの眠りの後に。
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