「隙 間」

2010年09月26日(日) 「マイブラザー」

「マイ・ブラザー」

をギンレイにて。
この作品、「ある愛の風景」という作品のリメイク作品である。

その作品を、わたしは公開された数年前に観ているのである。

どうリメイクされているのか、楽しみであった。

優等生の兄サムと劣等生の弟トミー。
弟が刑務所から出所した数日後、兄はアフガニスタンへの出征が決まっていた。

束の間の家族の団欒。

幼い二人の可愛らしい娘と美人の妻グレイス。
絵に書いたような幸せな家族。

しかし。

サムの乗ったヘリが撃墜され、戦死した、との報せが伝えられる。

悲しみと絶望に暮れる家族。

寂しさを紛らわすように、慰め合うように、次第に距離が近づいてくるトミーとグレイス、そして娘たち。

一方、サムは部下と二人、捕虜として生きていたのである。
しかし、

「生きたくば、部下を殺せ」

と鉄パイプを渡される。

「家族に会いたいだろう?」

軍人として、忠実に、毅然として沈黙、抵抗していたサムも、一度は投げ捨てたその鉄パイプをついに手に取り、振り上げる。

「英雄の帰還!」

そう新聞に取り上げられ、家族のもとに帰ってきたサム。

家族とトミーの打ち解けた姿に、疑念が沸き起こる。

「素直に答えてくれ。俺は許す。妻と寝たんだろう?」

優等生、英雄という姿の自分。

生きて帰ってくるために、部下をこの両手で殴り殺してきた自分。

立派な息子、立派な父、立派な夫、立派な兄。

「溺れそうだ」

サムは、おそらく初めて、グレイスの前でその涙をこぼす。



サム役のトビー・マグワイヤが、好演である。

グレイス役のナタリー・ポートマンも美人で素晴らしい。

が。

なんとも複雑である。

「ある愛の風景」とテーマは変わらない。
ストーリーも同じ。

当然である。

今回、ストーリーを知っていたがために、より、胸にグッとくるものがあった。

ひとつの、いや決まったイメージで人を見ていてはいけない。

親でも子でも伴侶でも。

常にそうであるわけではないのである。

明日、愛する人が死ぬかもしれない。
愛する人のもとに生きて帰るために、いったい何をしてきたか。
信じてる信じたい、愛しているのに、信じられない。

その端々の感情に、敏感に共感してしまうのである。

頑張っている人と、そうとは言わずに一緒に観てもらうとよいかもしれない。



さて。

今週はずたぼろである。

悪循環。

残業の度にリタ嬢に世話になり、それはほぼ毎日のお出ましで、ぎゅうっと激しい抱擁な分、離れると途端にガクンとなるのである。

別れ際がわかりやすい分、モディリアーニ画伯とは違ってありがたいが、なかなか辛いものがある。

陽気で華やかな金髪ムチムチ美女と、楚々と可憐な黒髪美人との違い、とでもいおうか。

「グッバーイ! アイラブユー!」

と手を振り尻を振り、ヒールを鳴らして部屋を出るのと。

「おやすみなさいませ」

とそっと襖を閉めて室から出て行くのと。

例えから、やや脱線し的はずれになっている。
いけない。正さねば。

とにかく、普通に終電まで、または泊まってでも仕事できる、いやせねばならないのだが、そんな周りの皆に合わせて、わたしも勿論やらねばならないのである。

泊まりこそ避け、なんとか休日出勤だけで間に合わせたが、まだまだ本番の締切は先にある。

激しい抱擁の反動は、如実に蓄積されている。

わたしの心は今、谷崎潤一郎を求めはじめているのである。

今日はせっかくの休日であったが、昼からまた落ちてしまい、ようやく夕方からの活動である。

三省堂にゆくも、谷崎さんのお目当ての一冊が、ない。

落胆激しく、これは浮気でやない、そっちがないのがいけないのだ、と呟きながら他店で求める。

他の日まで待つ余裕すらないのには困りものである。
一日を数時間しか使えないのには、もっと困りものである。


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