入口の角のところから、しっかとこちらを捉える。 わたしは首の付け根をコキッと鳴らし、気付かぬふりをしてその手前に立ててある画面から、顔を離さない。
「ねえ」
一旦視界から消えた後、すぐ真横から、毅然とした口調で女性がわたしに話し掛けてきたのである。
敢えて返事はせず、ぐるうりと女性の方に首から上を向けてみせる。
しっかと開かれた、意志の強さが表れた真っ直ぐな目を、わたしの糠ドコのような生温い目が受け止める。
糠に釘。
刺しても手応えがない様子に、このままではずぶずぶとはまってしまって抜けなくなってしまう、と堪え切れなくなったようである。
「おにいさん」 「なんでしょう、おねえさん」
糠ドコは腐っても糠であるのだろうか、などと考えながら相手の馬場さんにやっと応える。
「来週の金曜の夜なんだけど、大丈夫」
メール送っといたでしょ、と指差す。
ああ。
ぐるりと画面に顔を戻す。メール画面を表に出すが、だからと本文を開かずに、ぐいと、今度は肩から振り返る。
ついさっき、はまぐりさんらと打合せたスケジュールを宙になぞる。
ううむ。
「大丈夫、だよね」
きりり、と真っ直ぐに見つめる。 馬場さんの旦那さんは、おそらくこうして、いつも説得承諾唯々諾々させられているのであろう。
「たぶん、でも、わか……」 「たぶん? でも?」
ぐいぐいと、せまってくる。
「わか……りました。来週の金曜、大丈夫なようにします」
うんよろしい、ときびすを返して去ってゆく。
いつとは決まっていないが、リョウくんか大分県か出向で地方にゆくかもしれない、との話が持ち上がったのである。
初期メンバーの同期であるわたしたち四人で、じっくりと諸々語らおうじゃないか、と馬場さんが思い立ったのである。 そして思い立ったが吉日と、すぐさま非常召集を、おん自らかけて回っていたのである。
連休前の金曜である。 明けたらすぐ、仕事の小さなヤマがある。
大分県とわたし、つまり、面子の半分が同じ仕事、ヤマを抱えているのである。
まあ、なんとかなるだろう。 馬場さんの誘いを断るのと、仕事を断るのと、どちらを選ぶかと問われれば。
仕事を断るほうを。
大分県もしきりに強くうなずくに違いない。
予定表に赤ペンで記しをつけておいた。もう大丈夫である。
さて。
今宵、大森である。 しかし少々、味気が足りない。
いるものと決めてかかっていた田丸さんが、いなかったのである。
初見の中田さんと、はじめまして、よろしくお願いします、いえいえこちらこそ、と挨拶を交わす。
親戚の鯛子さんの、そのまま若くしたような感じである。
文学かエンタメか。
イ氏とまるで進路相談のような話をしていたのである。
「あなたのスタイルを通したらいいじゃないの」
田丸さんがいないせいか、饒舌の様子である。
なるほど、さては今まで、田丸さんに焼きもちを妬いていたのか、などと誤った悦に入ってみる。
「彼の作品、読んだことある?」
いきなり、わたしと初見で何も知らない中田さんに、話を振り込む。
あるわけがない。 書いてることすら知らない。
それをいきなり振られたら、驚くしかないのである。
パチクリのち、ニッコリ。
「今度ぜひ、読ませてください」
いわれたわたしは大困りである。 しどろヘドロに、はまる。
「こないだの、持ってきなさいよ」
イ氏が、ズブリと深みに押し込もうとする。
はあ、では今度。 ところで。
と、すぐさま話を逸らす。
「話なら、絶対に何か伝えたいテーマがあるはずだろう。そうじゃなきゃ、話なんて、書く必要ない」
ふと、三つ子の魂が頭をよぎる。
にゃにおうっ。
反発反骨天の邪鬼がいい加減に混ざったのがわたしの原点でもある。
いい加減さがいくつもの原点を増やしてゆき、どれがゼロゼロ点なのか、判然としなくなる。
原点がわからなくなるから、ところどころで足掛かりとなる釘を刺してゆき、そこに糸を引っ掛けて、引っ掛けずにはいられなくなってくるのである。
「太宰といっしょだよ」
イ氏が、笑う。
「芥川賞をくれくれと騒いで押し掛けて、なんだバカヤロウ、と悪口を叩きつけて」
太宰治は、芥川賞という作家ではない。 あきらかに、直木賞側の作家である。
「そうでしょう?」
だから、なになに「っぽく」書いたりしないでいいんだよ。
真似したり雰囲気を倣ったりして書くことも必要である。
しかしそれとは別に、書き手の「らしさ」ではなく、物語の「らしさ」をこそ、まず。
「千代田区のだっけ、あれはどうなったの」
千代田区じゃなくNHKのほうです。 ああそう、で? 選外でした。 次は?
次ですか、と。 年末にふたつのうちどちらかに出そうとは思っているが、どちらをどれで出すかは決めていないのである。
「じゃあ、次回きっと持っておいで」
イ氏が、にこやかにわたしを送り出す。 とりあえず、選んでみよう。
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