我が社には、何が目的かわからぬが、気付けばそこに出来上がっていた秘密結社がある。
その名を「乙女組」という。
構成員は現在四名、結社というにははばかられるが、資格さえあれば随時加入できるのである。
わたしもじつは、知らぬ間に、気付かぬうちに、構成員の一人に数えられてしまっているのである。
もしも人に危害を加えるようなものならば絶対に、己に災厄を招きそうならば速やかに、脱退を請い。
いや違う。 そもそも入った覚えがないのだから、請う必要がない。 であるから、むしろ敢えて云うならば、脱退を宣言、という表現が相応しかろう。
「それはもう、無茶な話ですよ」
小金井がニヤリとわたしの右肩の辺りから顔を覗かせる。
「なぜ、無茶なんだ。第一、入った覚えがない」 「入った覚えがなくても入ってしまったのだから、諦めてください」
へん、と偉そうに胸を反らす。
「どうしてわたしが入ってしまっているんだ。勝手に入れるんじゃない」 「どうしてって、「乙女組」は乙女座の者が入れる組織なんです。嫌なら生まれ直してください」
なんだか京都在住の某作家作品に登場するやり取りのようだが、今はそれは置いておこう。
「そんなに嫌なら、獅子座に追いやっちゃいますよ」
園兵衛が、ニヤリと頷く。彼も「乙女組」である。
「いやいや、どちらかっつうと」
天秤座でしょ、とお多福さんが割り込んでくる。彼女も「乙女組」である。
なんたることか。 さして興味も未練もない「乙女組」だが、「乙女組」のくせに乙女たる女性がお多福さん一人しかいないというお粗末さ。
これは「乙女」という言葉に対する冒涜である。
それを恥ずかしげもなく大声で「乙女組」などと、どの口がのたまうのか。
しかし、連中は煙にまくことこそが大の楽しみであり、訴求したとてまさに雲を掴み、煙にまかれ、たちまち五里霧中で韜晦の海を漂うことになるだけである。
そして漂流させられた挙げ句、
「じゃあ、来週末は竹さんのおごりで焼肉にゆきましょうね」
と、根も把もない虚言がまことしやかに事実となってしまうのである。
それはなんとか阻止したのだが、それすらもいつまた再燃するかわからないのである。
火のないところに煙を立てることこそ、彼らの最も迷惑な暇潰しの余興のひとつなのである。
余興に付き合う義理はないが、もはや渦中の身となりつつある。
渦中ならばいっそ、火中の栗を拾い、遠く我が身に及ばぬところへと放り投げて然るべきであろう。
今は従順を装い潜伏し、機をうかがうことにしよう。
いつまでも消えぬ火はないのである。 やがて燃えるものを燃やし尽くし、火の弱まるときがくる。
「そもそも何もないところに立てる火なんですから、燃え尽きるものなんてないんじゃないですかね」
小金井が不思議そうな顔をしてそらんじる。 この元凶が、空とぼけて何を言う。
まるっきり京都在住の某作家作品そのままになりつつある。 えい構うものか。
「やった、焼肉だ」
お多福さんが小さなガッツポーズを決めてみせる。
ちょっと待った。
「俺、特上肉なんてしばらくなんで」
ごちそうさまです、と園兵衛が手を合わせる。 だから待てという。
「生んでくれてありがとう、お母さん」
お多福さんが、振り仰ぐ。 こらこらこら。 だからそこ、感謝の祈りをしない。
「はやく観念しないと、メンバーをさらに集めちゃいますよ」
小金井が、イヒヒとわたしを上目遣いでみる。
「ええい、生まれ直してやるわっ」
意味不明の捨て台詞を文字通り連中の振りまいた煙の中に放り捨て、わたしは一時的な戦略的撤退を選んだのである。
「叙々苑のなんとか亭でお願いしま……」
小金井の喚き声などに耳を貸さぬよう、ピシャリと耳に蓋をする。
おそらく游玄亭のことだろうが、わたしがなぜ、身銭をはたいてそのような立派な店の肉をおごらねばならないのだ。
それならば、わたしの黒髪の乙女を連れてこいというのだ。
「聞こえましたよ、乙女ですね。じゃあそれで肉ひと皿ということで」
なんという不埒な輩、小金井。
冗談にも品性と道徳心が必要である。 わたしはさすがに捨て置くわけにはゆかない。
「ずいぶん、安い乙女だな」
違う。 そこではない。
これではわたしも下品な仲間入りになってしまうではないか。
えっへっへ。
それじゃ、とサメに追われる白兎のように、スタコラさっさと小さくなってゆく。
八十八人の兄たちによって、その毛をむしりとってやろうか。
戻ってこい。 せめて「お友だちパンチ」を食らわしてやる。
「嫌です。何ですか、その得体の知れない名前のパンチは。そんな不気味なものを食らわせるくらいなら、素直に肉を食らわせてください」
何を不気味といっている。 「お友だちパンチ」とは由緒正しき、京の都の一部のものたちに密かに伝わるだなあ。
とくと説明してやろうとする間に、忽然と小金井の姿は消えていたのである。
ええい。 今度たっぷりと、講釈してやるわ。 覚悟しておけ。
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