| 2010年08月25日(水) |
「阪急電車」とおとなりさん |
有川浩著「阪急電車」
さすが、有川浩である。
阪急今津線という八駅の路線が物語の舞台である。 各駅往復で十六の物語は、乗り合わせた人々の、それぞれと、それぞれが絡み合った軽妙で巧妙で絶妙な物語となっている。
とにかく、甘くむず痒く、痛快で爽快なのである。
恋のはじまりや、終わりや折り返しや。 小学生やおばさんや学生の、世代を超えた出会いや。
なかなか楽しませてもらえる作品である。
実はこの作品。
京都の夜に、
「遅い時間までやってはる本屋さんが、近くにあるんですよ」
と、連れていってもらったのである。
ちょうど神保町で毎週末欠くことなく文庫の新刊を物色していたのを、旅の支度で欠かしてしまっていたのである。
連れてきてもらったというのに、ひとりそっちのけで文庫の平台を探し、目指し、眺め、メモする。
はっ。 しまった。 どちらに行かれたのだろう。
子どもがおもちゃに夢中になって、迷子になったときのようなものである。
三十路の山をとうに越えたものが、なんと情けない心境に陥りかけているのだろう、と可笑しくなる。
そこは大人の余裕である。
を装っているふりを装いつつ、順繰りに棚のひとつひとつを巡りながら、横目で通路の向こうまでを目ざとく姿を探しながら、辿ってゆく。
みっけ。
しかし足早に近付いてはいけない。 敢えて気付かぬていで、カクンと手前の棚を折れ曲がる。 そうしてグルリと回って、やあどうもすみませんでした、と涼しげに合流するのである。
ここで肝心なのが、ぐるっと、というほど大回りしてはならない。 大回りに時間をかけて、またはぐれてしまってはうまくない。 だからと早足になるのもいけない。
グルリと、ぐらいが丁度よいのである。
ところが、やあどうも、とゆく前に、ここでカクンと折れ曲がったらまあ偶然いい按配に、というところの棚に、わたしは目ざとく別の本に気付いて足を止め、それを手にして頁を開いてしまったのである。
ニイタカヤマ、トマレ。 ドレドレドレ。
真珠のようなコロリとした、しかししっとりと気品ある声に、先を越され声を掛けられてしまったのである。
格好どうりにゆかなかったわたしは、語頭から語尾に至るまで、
むにゃむにゃむにゃ。
といった次第であった。
なんとも、また情けない。
そんな折に出会った作品のひとつだったのである。
この作品のような風景を、是非とも描いてみたいものである。
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