「隙 間」

2010年08月18日(水) ヘヴンズ・ドア

「つかぬことを、お聞きしますが」

なになに、と同僚のお多福さんが、慎重な面持ちでうなずく。

同じ階だが親会社に出向しているわたしと、同僚が顔を合わせる機会は限られているのである。

お多福さん。
なに。

彼女の上衣が紫であるのを確かめてから、あらためて訊ねる。

白の服ではありませんでしたか。

顔をしかめ、問い返される。

何をいっているの?
トイレの廊下の前で挨拶したときのことです。
うんんにゃ。

ちょっと待ってください、とわたしは眉間に人差し指と中指を揃えて突き立て、ぐりぐりと記憶を呼び起こそうと力を入れる。

講習会は楽勝だった、とわたしにへへん、と鼻を鳴らしたときです。そうか、それは昨日、いや一昨日のことでしたか。

しかめた顔から曇った顔に変わってゆく。
隣で聞いていた円部が、聞き耳ではすまなくなり、ずいと寄ってきてわたしたちを見守っている。

それ、今朝の話でしょ。だって、講習会は昨日、一昨日で会社には来てないもの。
えっ?
そうですよ、兄さん。

円部と二人がかりで、心配の雨をしたたらせはじめる。
えい、とわたしは唐笠を振り上げる。

じゃあ白い肩掛けをかけていたとか。
うんにゃ。
白手拭い、タオルを首からかけいたとか。
さあ今日も働くぞぉ、っておいっ。わたしは現場のおっちゃんかっ。

あっはは、似合うかも、と無邪気にお多福さんのノリツッコミに笑う円部に、いつもならわたしだって尻馬にすかさず乗っかり、はいどおしるばあ、とゆくところである。

しかし。

さんちょぱんさの手綱を曳く力は甚だ強く。

鞍から引きずり落とされそうになるのを必死でしがみ付く。
しかしまだよじ登れない。
尻がだらしなく地に着きそうになっている。

そっか、わたしが眩しかったからか!

お多福さんが、よいしょと尻を押し上げる。

そうそう。白い服着て眩しくて。
背中に羽根が生えてきちゃったりしてて?
わっかに掴まったら雲の上で、ニッコリ蹴り落とされて。
お逝きなさい、て?
ここはイズコ、て?

「いやあ、面白いなぁ」

円部が満足気に、去ってゆく。
わたしも、と追いかけ去ってゆくお多福さん。

そうか。
ヘヴンズ・ドアのせいで、空白の日にちがわたしの中に生まれていたに違いない。

今日は資源ゴミの日であったはず。
明日が可燃ゴミであるから、今夜は生ゴミを心置きなく出すことができる。

ではない。

休みボケか、メモを書き散らしたせいか。
日にちの感覚がおかしい。昨日から三日くらいは経っただろうという感覚なのである。

果たして、いやなぜ、かような話になったのか、わからない。
わからないが、ピタリと当てはまった、と感じたのである。

感じたままに任せるにはちと心許ないが、どうせ大した拠り所あってのものではない。
ならばと降ってきたのを信じて、そのままゆくしかないのである。


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