「つかぬことを、お聞きしますが」
なになに、と同僚のお多福さんが、慎重な面持ちでうなずく。
同じ階だが親会社に出向しているわたしと、同僚が顔を合わせる機会は限られているのである。
お多福さん。 なに。
彼女の上衣が紫であるのを確かめてから、あらためて訊ねる。
白の服ではありませんでしたか。
顔をしかめ、問い返される。
何をいっているの? トイレの廊下の前で挨拶したときのことです。 うんんにゃ。
ちょっと待ってください、とわたしは眉間に人差し指と中指を揃えて突き立て、ぐりぐりと記憶を呼び起こそうと力を入れる。
講習会は楽勝だった、とわたしにへへん、と鼻を鳴らしたときです。そうか、それは昨日、いや一昨日のことでしたか。
しかめた顔から曇った顔に変わってゆく。 隣で聞いていた円部が、聞き耳ではすまなくなり、ずいと寄ってきてわたしたちを見守っている。
それ、今朝の話でしょ。だって、講習会は昨日、一昨日で会社には来てないもの。 えっ? そうですよ、兄さん。
円部と二人がかりで、心配の雨をしたたらせはじめる。 えい、とわたしは唐笠を振り上げる。
じゃあ白い肩掛けをかけていたとか。 うんにゃ。 白手拭い、タオルを首からかけいたとか。 さあ今日も働くぞぉ、っておいっ。わたしは現場のおっちゃんかっ。
あっはは、似合うかも、と無邪気にお多福さんのノリツッコミに笑う円部に、いつもならわたしだって尻馬にすかさず乗っかり、はいどおしるばあ、とゆくところである。
しかし。
さんちょぱんさの手綱を曳く力は甚だ強く。
鞍から引きずり落とされそうになるのを必死でしがみ付く。 しかしまだよじ登れない。 尻がだらしなく地に着きそうになっている。
そっか、わたしが眩しかったからか!
お多福さんが、よいしょと尻を押し上げる。
そうそう。白い服着て眩しくて。 背中に羽根が生えてきちゃったりしてて? わっかに掴まったら雲の上で、ニッコリ蹴り落とされて。 お逝きなさい、て? ここはイズコ、て?
「いやあ、面白いなぁ」
円部が満足気に、去ってゆく。 わたしも、と追いかけ去ってゆくお多福さん。
そうか。 ヘヴンズ・ドアのせいで、空白の日にちがわたしの中に生まれていたに違いない。
今日は資源ゴミの日であったはず。 明日が可燃ゴミであるから、今夜は生ゴミを心置きなく出すことができる。
ではない。
休みボケか、メモを書き散らしたせいか。 日にちの感覚がおかしい。昨日から三日くらいは経っただろうという感覚なのである。
果たして、いやなぜ、かような話になったのか、わからない。 わからないが、ピタリと当てはまった、と感じたのである。
感じたままに任せるにはちと心許ないが、どうせ大した拠り所あってのものではない。 ならばと降ってきたのを信じて、そのままゆくしかないのである。
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