「隙 間」

2010年08月12日(木) 特別阿房列車・番外編〜四日目

「特別阿房列車・番外編」の四日目である。

四日目の朝は、京都で目覚めたのである。

天気はあいにくの雨模様であった。
しかも夜明け間際には、寝た子も起きるほどの大雷鳴が響き渡り、流星群の星々が着地点を間違えたかのような大雨が京の屋根々々を叩きつけたらしいのである。

精神は幼子のようであっても、あいにく体はめっきり老けてあるわたしはそのようなことは露とも知らなかったのである。

今日はかねてからのご好意で、地元京扇子屋・大西常商店のお上さんに、いろいろ案内をしていただけることになっていたのである。

わたしに、京都でどこへ行きたいか、と。

わたしの阿房ぶりが、石炭をくべられ、煌々と赤く熱を発しだす。

京都といえば、森見登見彦の「夜は短し歩けよ乙女」「四畳半神話体系」などなどや、万城目学の「鴨川ホルモー」である。

下鴨神社は、外せない。
「糺の森」は降りしきる雨にけぶり、なおいっそう神秘さをたたえていたのである。

しまった。

「レナウン娘」の歌を、珍妙な踊りを、まったく覚えてきていなかったのである。

素直に大西さんに白状すると、わけのわからぬ大西さんは、瞬間困った眉を曇らせ、ただちに笑顔でわたしに合わせてくれる。

なんと優しい方だろう。

おお、ここで彼らはおそらく、女人禁制の珍妙な「レナウン娘」踊りを、森の神々に披露したのか。

レーナウーン♪
レナウン、レナウン♪
レナウン娘が♪

頭の中で、口ずさんでみる。
これでは歴史ある「ホルモー」に参加することあたわず。
式神らに認めてはもらえないに違いない。
(注:実は下鴨神社ではなく吉田神社が舞台だったことが後に判明)

「次、いかはりますか」

ええええ、もちろん。
水溜まりを踏まぬよう、しかし神妙な足取りで、次へと向かう。

森では雨天にもかかわらず、古本市が催されていた。

ビニルテントのこの数々の中のどこかひとつに、怪しげな古書店がありはしないかと、大西さんにまた目を光らせてもらうよう協力を求める。

はあ。

やはりわけのわからぬわたしの妄言に、今回は慣れてくれたようで、にっこり応えてもらう。

ごぉぉぉおっ。

わたしの中のコークスが、激しく唸りをあげている。

「みたらし団子」発祥の店に袖を引っ張って連れていってもらい、冷静に戻るよう、小粒で、甘くもさっぱりとした、みたらし団子を馳走になる。

糖分は、やはり必要なのである。

串に五つ団子が刺さっているのだが、最初のひとつだけが、四つと離れている。
これは「五体」の頭の部分をさしている、とのことなのだが、食べやすいよう、楊枝が一本、突き立てられているのである。

「頭に突き刺さってるってことですやろか」

大西さんの素直な見立てに、わたしはたしかにとうなずき、さっさとその楊枝のひと粒をパクリと口に放り込む。

これで後は、落ち着いて残りを食べることができる。

団子で脳の糖分を補給したあとは、湯葉の店にて立派なコースをいただいたのである。

なかなか、いや、かなりよい店のようで、一品々々、ひと口々々々に、おおっ、へえっ、と舌が鼓を打つのすら忘れ、巻き上がる。

さあ、では参りましょう。

案内の最終目的地である比叡山へと向かう。

山はさらなる白雲と霧と雨とに包み隠されてしまっていたのである。

しかし。

おかげさまで、日本三大霊場のすべてをとうとう、訪ねることができたのである。

下山し、大西さんご推薦の喫茶に入店す。
あれだこれだと話し込み時を忘れる。

夜に宴のとりつけがあり、そこでアフロ氏とカツラ夫人のご夫婦と、わたしは念願の初対面をはたすこととなっていたのである。
さらに名友が、名友がわたしにアフロ氏を引き合わせてくれたのだが、片手ほどのちいさな息子と、親子男同士ふたりきりの初めての旅を兼ねて、駆け付けてくれるのである。

よし、では、宴の約束の時間前に途中のどこそこにあらためて待ち合わせしましょう。

大西さんももちろんアフロ氏らをよくご存知であり、では、とわたしを宿に届け、一旦別れる。

部屋で土佐の土産を、アフロ氏らに渡すため袋に分けなおす。

その袋、シャリシャリ騒がしいビニル袋むき出しで持って行くのも、よろしくない。

鞄に詰めて、よし、と宿を出る。出たところで、つらつらふらふら歩いていると、なんと名友から電話である。

やあやあ。

能天気なわたしの一声に、店に着いてるんだけど今どこにいるか、と。
さらに、時間に間に合うか、と。

うむ、わたしは今、どこそこに。
なぁにぃい。
うむ。
そんなことだと思ったけれど。
あっはっはっ。

あっはっはっ、ではないのだが、もはや半分は予想してくれていた名友の懐の深さに感謝と、それにへんに頼りにしている自分にむず痒さを覚える。

干支がふた周りもしている付き合いながら、かたや一段ずつ石を置いてゆき、かたや回る度に置く石を忘れたことに気付くもの、の違いである。

周回遅れで店にたどり着くと、まさに真打ち登場の体である。

顔を合わしたことが今までないにもかかわらず、やあやあアフロ氏ではないですか、と遠目に拝顔したそのときにわかったのである。

厚顔のまま、皆様と挨拶を交わす。

謝意よりもやっとお会いすることがかなったことが勝り、募り募ったが想いの恋文を、渡す。

「龍馬からの恋文(ラブレター)」

という尻巻紙を土佐で見つけ、これしかないと一目惚れした土産である。

己の尻拭いをせず、相手に拭うものを託すとは、わたしもなかなかたちが悪い。

しかし、快く受け取ってくれたアフロ氏カツラ夫人には、まっこと完敗乾杯したぜよ。

夫人は言葉を交わしたこともなく、ただ名友から、

「夫人は、さすがさすがどうしてなかなか、どこにもいない見事な方」

という説明をうかがっていただけだったが、アフロ氏を龍馬とするならば、まさにその妻・お龍、のような方であった。

今宵の宴の店があるのは木屋町、上れば土佐藩邸、下ればお龍の酢屋があり。

鴨川の川床にて肉を焼く。

それがなおさらその思いを強くさせたのである。

忘れてはいけない、忘れるものか、名友の息子・小名友は、目を見張らんばかりの成長であった。

残念ながら、いやめでたいことに名友夫人はやがて臨月間近ということでこられなかったが、小名友はつまり、じきにすぐ、兄となるのである。

ますます、その成長はましてゆくことであろう。

今宵の小名友は、大役を果たしたのである。わたしのサンダルよりもでかい肉を、焼き網に乗せるためにジョキジョキ切り分ける、という重要な役である。

末廣亭でみる切り絵のよいな見事な鋏使い。

またその肉が、旨い。

思わず、人見知りで心頑ななはずのわたしが、肉汁と共に溶けだしてゆく。

アフロ夫婦は翌日も仕事、そして小名友ももはや小さな体いっぱいの体力も限界、ということで宴を閉じることとなったが、是非またじっくり肉をつっきあいたいものである。

さて、宴の後。

大西さんの娘さんである小西さんが、ちょうどアルバイトが終わる頃合いとのことでそちらに伺う。

小西さんが勤められているカフェとは、なんとあの伊右衛門の店であるというのである。

時間があるときはいつも、小西さんを迎えに行き、帰る道すがら、時には小腹を満たしたり、咽喉を潤わしたり、また歌を歌いに寄ったりするらしい。

面識のないわたしがお邪魔してよいものかと思い、および腰で、大西さんの後について店に入る。

大西さんに近づく不逞な輩は許さぬ。

との小西さんの用心、わたしにすれば首検分のような心持ちである。

安心するよう大西さんにいわれてはいたが、それは効かぬが本人である。

席に案内され、やがて向こうから近づいてくる、眉目秀麗な色白の、シャンとした女性の姿が。

もはやわたしはまな板の鯉、いやそんな立派なものではなく、びくのなかのドジョウである。

網の目からにゅるりと逃げ出したい気分である。

しかし、心配は無用であったらしい。

刺すような視線ではなく、笑顔で迎えてもらえたのである。

小西さんは、打てば明るく気持ち良く響く方で、そこには娘の母に対する絶対の信頼が、ありありとみられていたのである。

まさに小町。

快活でコロコロ忙しく、飽きる暇がない。
小西さんあっての大西さんであり、大西さんあっての小西さんで、この若々しさの理由を知ることができたのである。

京の夜に、小西さんの

「おやすみなさぁいっ」

の声が響き、夜は幕を閉じたのである。


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