| 2010年08月11日(水) |
特別阿房列車・番外編〜三日目 |
「特別阿房列車・番外編」の三日目である。
今日は午後の三時過ぎ頃の、これまたバスに乗り、京都へと向かうのである。
宿の朝食をさっさと済ます。 この朝食を敬愛する内田百ケン先生のお口を借りて表現するならば、
どれをとってみても、中途半端である。 地元の鮮魚を用いているというが、家のかかあの朝飯と大して変わらぬ。むしろわたしの好みの味付けと分量とを考慮してくれるだけましに思えるほどである。 近所の魚屋のと港のと、違いがあるのかわからず、だから辛辣に文句をいってしまうのも甚だ同情してしまうのである。 しかし、一応、いただけるのだから、不満はあれども不平はいわずいただいたのである。
さて、一路高知市内へ。
「よさこい祭り」本祭二日目である。
開始は昼からで、夜の十時頃まで、市内のあちこちの競演場で踊り続ける。
室戸から車をウンウン翔ばして、昼前に到着し車を返す。 荷物を預けて、昼食をとりつつ、さらにパソコンを繋げる。
宿がパソコンが繋がらなかったので、久しぶり、とはいえたかが二日ぶりだが、インターネットである。
「よさこい祭り」のページで会場地図を見る。
四十年ぶりに復活したという駅前競演場は、目の前である。 窓の外に、徐々に煌びやかな、鮮やかな、華々しい衣装に身を包んだ踊り子さんたちが、我が出番を待ち、集まりだす。
開幕。
である。
わたしに残された時間はもう三時間を切っている。 駅前でしばらく堪能していたが、やはりメインステージか追手筋通りあたりに向かいたい。
ここでわたしの阿房ぶりが発揮である。
地図を持たず、あてにならない鶏の記憶に頼るのみで、てくてく歩きだしたのである。
やがて。
はて、この筋は何筋か。 次の競演場に移動している踊り子さんたちが、皆、わたしの来たほう、駅に向かってすれ違って行く。
市内のあちこちに競演場があるため、やがてわたしは信号が赤で止まったと同時に、足も頭も、立ち止まってしまったのである。
すれ違って行く、愉しげに高揚した踊り子さんたちになかなか尋ねる度胸、いやタイミングも掴めず。
はたと信号待ちしていた女子ら二人組に、目がとまったのである。
あのう。 はい、なんでしょう。 主舞台のある中央公園へは、どう行けばよいのでしょうか。
ここでこれをお読みの皆様には、思い出さずにいてもらいたい。 前夜祭、何を隠そうわたしはその主舞台にいっているのである。
しかし、いったいどの通りだったか、曖昧である。 さらに、帯屋町筋に関しては先ほどパソコンで地図を見たにも関わらず、まったく位置も方角も、覚えていなかったのである。
「わたしも久しぶりなので、確かじゃないですけど」
そういって、前を歩きだしたのである。 わたしは、あとをついてゆく。 この通りを行って、と、なんとそのまま案内してくれたのである。
なんと彼女らは、子どもの頃までここに住んでいたというのである。
今は松山に越してしまい、久しぶりに今日、ふたりで見に来たというのである。
五、六歳まで、踊っていたらしい。 しかも、まだお母さんに抱っこされたまま踊っていたときには、花メダルをもらったそうなのである。
花メダルとは、各競演場で一番可愛らしい、または素晴らしい笑顔と踊りとをしている踊り子さんにだけくれる首掛けの花をあしらったメダルである。
これをもらうことは、踊り子さんたちの目標のひとつ、憧れのひとつなのである。
きっとわけもわからないまま首にぶら下げられただけなんですけどね。
しかし、それは別として、そんな元踊り子さんに案内してもらえるとは、光栄な話である。
そういえば、広末涼子ってどこの連(チーム)で踊ってるんだろうね。
「なんですと?」
やはりわたしの情報は誤りではなかったようである。
「あまり興味がないから、よう知らんけん」
それは困る。
もっと詳細な情報はないのですか、ではこれまでご親切に案内いただきありがとうございました、わたしは広末さんに会いにゆかねばならぬので、失礼。
とペコリ頭を下げる。
いやいや。
彼女らは笑って引き留める。
「じゃけん、うちのおばになぁ?」
なんと、高校だかの教師をしていたおばがいるといい、さらに、彼女を、広末涼子を教えていたことがある、というのである。
なんという運命であろうか。
「年賀状とか、そのおば様のところにきたりは」 「しません」
やはり所詮、わたしと広末涼子の運命とはここまでのものであったようである。
「あ。バスの時間は大丈夫ですか」
そろそろ駅に戻らねばならない時間である。
「駅へは、ここからどちらへ」
よさこいの演舞を追い掛けているうちに、またもやぐるぐると位置を見失ってしまっていたのである。
「あそこを出て、右に真っ直ぐが駅です」 「出て、右ですか。ありがとう。それとここまで案内までしてもらって、重ね重ね、ありがとう」
頭を下げる。 下がり切ったところで、
「違う、逆。左だよ」
もうひとりが、訂正する。
危ない危ない。 危うく見当違いの方へゆき、バスまで辿り着けなくなるところであった。
「左、ですね」 「はい。左、だそうです」
わたしも大人である。 冷や汗を隠し、笑顔で、あらためて礼をいう。
よさこいの熱気は、まだまだ盛り上がり、嵐の真っ最中であった。
今日から宿をとり、まだまだこれからの彼女らが、羨ましく思ったのである。
来年こそは、わたしもたっぷりはじめからおわりまで、居ついて堪能しようと思うのである。
しかし、月末の原宿表参道でで行われる「スーパーよさこい」が、わたしを待ち受けてくれているのである。
大学生である彼女らは、東京に出てこようなどとは出来まい。
わたしは走りだしたバスの車窓に、勝ち誇った笑みを映し出す。
眼下は、明石海峡である。 次なる「特別阿房列車」の向かう先は、京の都である。
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