| 2010年08月10日(火) |
特別阿房列車・番外編〜二日目 |
「特別阿房列車・番外編」の二日目は、いきなりだが場所が変わる。
感動の「よさこい」前夜祭は、実は半分くらいも堪能できなかったのである。
高知市内に宿を確保できなかったわたしは何を思ったか、次の候補地を、いきなり
「室戸」
に選んだのである。 室戸岬のある、室戸である。
ちょうどよい、ということを知らなさ過ぎるにもほどがある。
ひたすら海にそって南下すること、二時間はかかる。
真っ暗闇、時々、スコオル。 その繰り返しが、幾度となく続くのである。
そうしてようやく宿に辿り着き、二日目の朝を迎えたのである。
今日は「よさこい」のことは、考えない。 そう決めたのである。 でないと、室戸に宿を決めたことが、後悔ばかりになってしまう。
それは、失礼な話だ。
室戸を選んだのには、少々、理由がある。
わたしは真面目ではないが、一応、多少の信心はある。
知る人は、へえ、と目をパチパチしばたかせるかもしれないが、うむ、嫌いではない、と言い直しておこう。
そして我が家の宗派は真言宗なのである。 室戸の地は、開祖である空海が若かりし頃に修行し、智慧を得た地なのである。
御厨人窟(みくろど)という海岸沿いの洞窟にこもり、虚空蔵求聞持法なる現代でいう超超記憶術のような修行を行い、そのときなんと、明けの明星が空海の体内に吸い込まれ、悟りをひらいたというのである。
素晴らしい。
是非ともわたしにも、明星が飛び込んできてはくれぬだろうか、ただし修行なぞの辛いことはしたくないのだが、というなんとも罰当たりなことを思いついてしまったのである。
本当は別にもうひとつ、理由があるのである。
飛鳥ラングレーの格好をして、サイコロとブログを携え、四国を一周した女子芸人がいるのである。
彼女が「中岡慎太郎像」を求めて、この地を旅したのである。
今は鹿児島目指して、今は鳥取だか広島だか、そのあたりをやはりサイコロとブログを携えて、旅をしているはずである。
早希嬢に、声援を。 桜、咲かん。
話が脱線してしまった。 しかしそれもまた「阿房列車」であるがゆえ、とご理解いただきたい。
さて。
さすがに、まったくの行なしで、というのも気が引けたのである。
こういう小心なところが、あるのである。 小心なりに、室戸ジオパークなる遊歩道をはじめから最後まで歩いてみよう、と課したのである。
片道一時間弱――。
なんと、普段神保町にゆくのと変わらぬではないか。 しかも、空と海と大地の傑作の風景が眺められるとは、行でもなんでもない。
いや、行である。 と思い込む。
まずは「中岡慎太郎像」から。 うむ、この同じところに、早希嬢も来たのか、と感慨にふけってみる。
よし、ではいざ。
よこしまな雑念は払い、歩きだす。
見渡す限り、空と海と大地の不思議な造形である。
遊歩道の半ば辺りで、御厨人窟と神明窟に出る。
うむ、この同じところに、若かりし頃の空海が、と感慨にふけってみる。
まさに、空と海だけが眼前に広がっている。 ここから、「空海」ととったらしいのである。
わたし以外に観光客がいなくなるのを見計らい、
ああん。
と大口を開け、深呼吸をしてみる。
まったく意味のわからない行動である。
しかし、何かしらの達成感だけは、得る。
残る半分の遊歩道に戻り、先を目指す。 それは「青年大師像」なる、これまた浮世離れした立像のあるところである。
実はあまりこの辺りを観光する人は多くないらしく、大師像の管理者は、わたしのために大師像台座内の曼陀羅を拝める胎内めぐりの入り口を開けてくれたのである。
なんとも、もっ胎内、ひとり占めである。
罰が当たりそうである。
この、よくはない予言は現実のものとなるのである。
門前にいた猫たちをパシャリとしようとカメラを構えたのである。
うんともすんとも、いわない。 レンズ部分は飛び出したまま。ボタンが一切、きかなくなっていたのである。
合掌。
やはり罰が当たったのである。 以前、青森の恐山に行ったときのことを思い出す。 あすこでも、やはりカメラが壊れてしまったのである。
せっかく。 京都でしっかと、写真におさめようとしていたのである。
それが、携帯電話のカメラしかなくなってしまったのである。
晩に、名友から電話があり、それを話し、嘆いてみたのである。
「まったく、きみらは旅行先でよくカメラを壊す人たちだねぇ」
といわれてしまったのである。 名友がいった「きみら」のもうひとりと、京の晩、初対面を果たす予定なのである。
それはまた楽しみに、その前に明日は昼過ぎまでの、最後の「よさこい祭り」を味わわねばならない。
本祭二日目で、ここで今年の優勝、優秀チームが決定する。 翌三日目は全国大会となり、今月末に東京は原宿表参道で行われる「スーパーよさこい」に、優勝・優秀チームが参加することになるのである。
「ねえ、よさこい祭りだけで全部使っちゃうわけじゃあないでしょう?」
そういわれて、お、おう、と思わず応えてしまった自分が、後悔してしまう。
やはり「よさこい祭り」は、まるまる三日間、張りついて見て、しっかりと味わう、味わえてしまうものなのである。
気は明日へとはやる。
「特別阿房列車」の暴走が、始まりそうなのである。
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