| 2010年08月09日(月) |
特別阿房列車・番外編〜一日目 |
トンネルを抜けたら、そこは南国土佐だった。
「特別阿房列車・番外編」の第一日目である。
目をつむっているうち、見事気付かぬまま讃岐の国に入り、またまた気付くと、そこは土佐だったという次第である。
特別列車とは特別急行の意味ではなく、列車ではなくバスである、という意味あいであったのである。
しかし、それはもはやどうでもいい。 すでに終着点の高知駅前で降り、車を手配した時間まで、暇をつぶしているところなのである。
取り返しがつかないことをくよくよ悔やんでも仕方がない。
土佐は今、まさに「龍馬」一色である。 龍馬とその妻であるお龍の写真が、仲良く大きく、皆を出迎えている。
やあやあ、とわたしも気さくにご挨拶をしてみる。
しかし龍馬の目は世界を、日本の未来を見すえん、と遠くに定められたまま、こちらにチラとも気付く様子はない。
だからといって、ここでいじけたり、返事を無理に求めようと大声でふたたびご挨拶をかけるような大人気ないことをするつもりはない。
では、と龍馬の腰の辺りでぺこりとお辞儀し、忘れずお龍さんにも目礼し、喫茶室に向かう。
ホットサンドと冷やし珈琲を頼み、しばしの朝食の時間をすませる。
珈琲をチュウチュウと吸っていると、隣のテーブルにドヤドヤと人がやってきだしたのである。
どうやら、「よさこい」の踊り子さんらが待ち合わせているようだった。
今日は前夜祭が行われるのである。 そして明日明後日が本祭で、明々後日が全国大会と後夜祭があるのである。
徐々に、心拍数があがってゆく。 いや、わたしが上がってどうするのだ。
ズズッ、ジュルジュルル。
ストローが嘲笑ったところで、車を手配した時間になる。
手配したとは、敬愛する内田百ケン先生ならば国鉄の駅長さんやら新聞社の記者さんらがタクシーを呼び付ける、といったところである。
しかしわたしは、自ら貸車屋に赴き、自ら運転をするのである。
百ケン先生のよき連れ合いであるヒマラヤ山系の役割も、自分でしなければならないのである。
山系は、貧乏ったらしいひどい顔である。
と、愛情溢れ過ぎる小言も、自ら自らにこぼさねばならないところなのだが、それをひとりでやってどこが面白い、という難問に行き当たってしまうので、そこは勘弁願おう。
さて、迎うは桂浜である。
カーナビなるものを付けた車なのだが、このカーナビさんたるや、まことに奥ゆかしい方なのである。
「この先……」
今、何とおっしゃったか。 品良く、慎ましく、吹けば消えてしまうような話しぶりなのである。
良家のご令嬢とのお見合いのようである。
つまり、聞こえぬからと強く問い返すと、やがてなんて乱暴な方、と不興を被り、また失礼にあたるようなものと、割り切らねばならない。
まあ複雑な道はないため、到着時間の大体がわかればよい。
いざ、桂浜。
ここはかつて名友と、今の歳の半分くらいの頃に訪れて以来の再訪である。
驚いた。 人生のちょうど折り返し、である。
折り返して戻ってきてみたら、名友とふたりでもなく、真にひとりきり、で戻ってきてしまったのである。
龍馬がわたしに何と慰めてやればよいのかわからず、懐に手を突っ込み、ボリボリと腹を掻いて困っている。
すまんぜよ。 ちっくと……。
波が砕ける音で、何といったのか聞こえない。
わあっはっはっ!
最後の笑い声だけは、一緒になって笑ってみる。 それだけで、どうでもよいような気持ちになってしまうものである。
おっと、桂浜にいるのは龍だけではない。
土佐犬。
闘犬である。 しかし試合を観ようとまでは思わず、土産物に相応しいものがないかと、闘犬場のある土産物屋に入る。
あれこれ物色し、昼食は鰹のたたきをいただいた。
さあ、ぐるぐると市内をさ迷い、いよいよ「よさこい祭り・前夜祭」の時刻が近付いてくる。
しかも「花火大会」も同時に行われるのである。
わたしは自分を落ち着かせるため、開幕の時間までをカフェにて待つことにしたのである。
すると隣から、よく考えれば当たり前なのだが、高知弁がわたしの耳に飛び込んでくるのである。
するがかぁ? したがぁ……。 したっち言うけぇ。
これはたまらない。 なんとかわいらしい音の響きだろうか。
隣はどうやら女子の大学生らしく、帰省の話をしていたのである。
「お盆に川に行ったらいけん、ちゅうていわれとったがぁ」 「そうがか?」 「うん、川にひっぱられるっち、いわれちょったが」 「え、え、そうがか? うち、知らんかったと」 「そうが?」 「じゃあ、プールも行ったらいけんがかぁ?」
おっと。 コロコロかわいらしい声に転がされてしまってはいけない。
「プールは、ちゃうやろっ」
そう、思い切りツッコムべきところである。
しかし、ツッコみもせず、「排水口に吸い込まれるとか、怖いがぁ」と、そのまま話は続いているのである。
うむむ。 かわいいから、許そう。
そんなわたしだが、さあ前夜祭である。
ちっくと言葉にできんがぁ、感動したっち。 嘘じゃあなかけんね!
花火大会の花火を背に、ステージでは、大迫力、大感動のよさこいが、各チームで華々しく演舞されている。
およそ百人ちかくのひとりひとりが、ひとりと違うことなく、輝いている。
この姿は、まさに、感動である。
思わず目元がにじみ、せっかくの演舞が見えなくなりそうになるのを、こらえる。
「よさこい」の本場に、聖地に、間違いなくわたしは来たのである。
前夜祭の今夜は、昨年の優勝チームや受賞したチームなどの演舞で、東京の「スーパーよさこい」でも名を聞いたことがあるチームも多い。
圧巻。 素晴らしい。 美しい。 格好よい。
ただただもう、これを言い表わせない歯痒さが、しかしそれすらも忘れさせられてしまう感動が、わたしを文字通りに取り囲み、包み込み、ただただ酔わせてくれるのである。
願わくば。 このままこの夜が、 ずっと終わることなく続かんことを。
「特別阿房列車」は、はりまや橋にてその先に進むを拒まんとす。
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