大森である。
「DVD、まだ持ってこれないんです」
田丸さんが、はきはきと答えたのである。 ということは、どうやら前向きに「RENT」を観ようとしてくれているようである。
いやいや、焦らなくていいですって。
どうしても、夜に観るから眠くなっちゃって。あ、でも、とても楽しく観てるんですよ? ほら、あそこまで観たんです。コンサートの。
「モーリーンの抗議ライヴ」
そう、その後の。 レストランでみんなで食事して盛り上がってて、ふたりが。
「互いの重荷の告白」で、打ち明けて。
そう、そこですっ。
I should tell you... I should tell you...
自らがHIVの、いつ発症し明日が知れない身であることの重さを、君に背負わせたくなかった。
あなたのその重荷を、私にも背負わせて。
実は、恋愛のやり方が、苦手なんだ。
ロジャーとミミの、寄り添い、仲間たちのもとへと向かう後ろ姿。
「作った方が、本番の前日に亡くなったとか」
そうなんです。
ジョナサン・ラーソンは、いよいよ明日、世間に「RENT」を初披露する、という本公演の前日に急逝してしまったんです。 ちょうど、今のわたしと同じ年齢なんです。
「えっ」
でも大丈夫ですよ、HIVだなんて。
ジョナサンは、動脈が破裂して亡くなったんです。検査しても見つからなかったそうで。
そ、そうなんですかっ。
うっ、胸が急にっ……。
つい先ほど心拍を測るために、わたしの手を握ってくれた……手首の腹を押さえていたばかりであるので、田丸さんはきょとんとしていただけであった。
友人らのときと違い、やはり温度差、見えない壁のようなものがあるのは、寂しい限りである。
「このお話って、ハッピー・エンドなお話なんですか?」
もちろん、である。
ジョナサンが、ドラッグやHIVや、明日の夢をみられずにいる若者たちに、夢を明日を諦めずにそれを共にしてゆく仲間たちと今日を生きて行こう、というメッセージを歌っている物語である。
日本人が書くと、悲しい結末やそれを匂わせて締めくくり、さあこれを乗り越えてゆきましょう、と提示するところまで、が、ありがちなウケがよい傾向である。
しかし、アメリカである。 ほらこうして、とハッピーなところやその扉を開けてみせるところまでを描いてみせるのである。
「次に来られるのは、二週後の……」
木曜ですか?
ジョン・トラボルタが高々と天を指し、セクシーな尻をキュイと吊り上げる。
田丸さんらのとわたしの盆休みとの、兼ね合いを読まねばならない。
一週ずれて、しかも二日しか、ないんですよ。
不満げに口をトンがらせる。
まあまあ。 そればかりは、責任者であるイ氏にしかどうにもできないことである。
「実は今回、お願いがありまして」
なに、どうしたの。
真剣な面持ちでイ氏が向かい合う。
斯く斯く然々で、今回だけ何樫を出してもらえませんか。週末の試験時間中に眠ってしまわないように。
ああそう、試験なんだ。そうなんです。じゃあ、出しとくから持って帰りなさいな。
「旅にも、出るんです」
どこへ?
高知へ。 へえっ、流行りの坂本竜馬かい。 違うんです。いや違うわけじゃあないんですが。
「広末涼子を探しに」
あっはっはっ。彼女の地元なんだっけ? 「よさこい祭り」にはなるべく帰省して参加するようにしているらしいです。数年前の噂ですが。
本命はその「よさこい祭り」である。 東京でも毎年、八月末辺りに原宿表街道と明治神宮近辺で「スーパーよさこい」という全国から踊り子のチームを集めたイベントが催されているが、それにゆくたび、高知へ、と思っていたのである。
さらに、よしもとの甘木女性芸人の「四国一周ブログ旅」なる番組の影響があることも否めないのだが、それはここだけの話にしておこう。
「中学生みたいな動機だねぇ」
イ氏は笑っている。 まあ、そんなもんです、と頭を掻いてみせる。
その帰りに、京都で念願の知り合い、友人に、会いに行くんです。 へえ。京都は、暑いよぉ。暑さで痩せて帰ってくるのを、楽しみにしててください。 美味しいもんいっぱい食べて、逆に太って帰ってきたり。 ……気をつけます。
ぽん、と下腹を叩く。 なかなか身が詰まった、よい響きがしたのである。
気をつけなければならない。
それはもちろん、旅先で美味しいもんをたらふくいただくために、である。
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