「隙 間」

2010年07月20日(火) 「わたくし率 イン歯ー、または世界」

川上未映子著「わたくし率 イン 歯ー、または世界」

さてさて。

これはまた、またまた奇妙奇天烈、奇想天外、帰巣本能。詰まるところは胎内胎盤、煩悩本能、妄想の母性愛。

まだ見ぬ我が子へ向けて、その父親とする予定の、つまりはまったくひとりのよがりの、よじれたこよりは強度が増した、強き母(予定)の思いを手紙に綴ったり、わたしは体のどこで考え、存在しているか、それは脳ではなく、まったく健康な傷ひとつ虫歯ひと穴すらあけたことがない奥歯である、といった哲学で世の中にわたしを「在る」とする女のお話である。

著者は「乳と卵」にて芥川賞を受賞したが、その前年に本作品が同賞の候補作となっているのである。

とにかく、著者がほうぼうで言っているように、文の意味よりも文の音を優先させた、といったのが全てである。

谷崎潤一郎のように、関西弁の音の響きをできるだけそのまま心地よく残した文で語り続ける。

であるから、深く一文の意味を捉えようとしたら、日が暮れてやっと一頁、となりかねない。
意図的な体言止め。
分散。
転換。
飛躍。
そして着地。

難敵である。

しかし、こういった先端のような危うさと難解さと捉えなさこそが、芥川賞などの文学賞における特色のひとつなのである。

題名が、また、中身に負けず奇抜である。

「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」

という作品で中原中也賞を受賞してもいるのである。

しかし、それを真面目な声と口調と姿勢で、審査員長だか会長だかが朗々と読み上げて賞状を著者に差し出す姿をテレビでみかけたのだが、その光景はなかなか印象的であった。

「ヘヴン」にて芸術選奨文部科学大臣新人賞までも受賞している、気鋭の作家である。

文庫のあまりの薄っぺらさに、甘く見てはいけない。

まさに哲学なブンガクなのである。


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