「隙 間」

2010年07月17日(土) 「ハート・ロッカー」のワン・ピース

ナミすわぁ〜ん!
ロビンちゅわぁ〜ん!

わたくし、おふたりの美しさに胸が張り裂けてしまいそうですっ! ……て、胸がないんですけどっ。ヒョーホホホ!

神保町すずらん通りを主会場に、「ワン・ピース」の催しものが開かれているのである。

わたくし率的にはさほど高くはないが、もはや国民的アニメ・マンガとなりつつある。

日曜の朝九時半からアニメが放映されており、実はその時間、近所の我が家の台所である赤札堂の「開店三十分限定朝市」のタイムセールの時間のため、部屋を出てしまうので、せいぜいがオープニングを観るくらいなのである。

すずらん通りには、原稿が丸々一話、展示されており、他にも扉絵シリーズやジャンプの表紙シリーズやらも見ることができるのである。

露店ではワン・ピースのキャラクターに因んだ「ルフィが持ってる骨付き肉」なるチキンや、「はっちゃんの」お好み焼きだかイカ焼きだかそんなようなものやらが、軒を連ねていたりするのである。

さすが集英社のお膝元、である。

ワン・ピースを、手に入れ、なんとか王に、なろう。

さて。

「ハート・ロッカー」

をギンレイにて。

当時夫婦で監督賞対決としてだけでなく、作品の質として甲乙の話題になった作品の片方である。

対抗馬は、ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」である。

いや「本命」であった。

しかしわたしは「アバター」に関しては、一分とて、観たい、とは思わなかった、いや思えなかったほうの、種別に属する。

妻であるキャスリン・ビグローが監督する本作品のほうが、よっぽどわたしの食指をそそっていたのであった。

「アバター」を観たことはなく、観てみたいとは思わない。
しかし、「ハート・ロッカー」は観てみたい。

と思っていたのである。

イラクのバグダッド郊外。
米軍の爆発物処理班の物語である。

「戦場でワルツを」でも描かれていたが、市街地での激しい銃撃戦が行われていても、住民たちはバルコニーや屋上から、ケンカを眺めるかのように、見物に現われてくる。

そのなかに、爆弾の起爆装置を持ったものがいたりすり。

あるいは、爆弾を体に巻き付けた自爆テロ者や、解除に駆け付けた米兵たちをこそ射殺しようとする狙撃手。

ジ・ハード(聖戦)だか知らないが、手段を、選ばない。

同じ民族の子どもを殺し、血だらけに傷つけ、腹を裂き、爆弾を埋め込む。

遺体爆弾。

である。

ある朝起きたら、身体中に爆弾が巻き付けられていた。
無関係の無差別自爆テロ爆弾。

である。

それが、その街で暮らす人々の、日々の日常であり、明日の夢よりも現実、なのである。

想像してみよう。

子どもが家に帰ってきたら、決して外れない鍵をかけられた爆弾のチョッキを着せられていたら。

ショッピングセンターの駐車場に買い物を済ませて戻ってきたら、エンジン直結の爆弾が積まれていたら。

カフェでバッグを席に置いたまま手洗いに行き、済ませて会計をしようとバッグを開けたらなかいっぱいに爆弾が詰め込まれていたら。

それが自分ではなく、隣人だったら。

日本で暮らしている限りは、これらは物語にしか過ぎず、現実ではないのである。

しかし、紛れもなくそれが現実である街が、あるのである。

爆弾処理のコツを訊かれ、答える。

「死なないこと」

今のあなたがそこにいる秘訣は、と誰かに訊かれたら、こう答えよう。

「生きること」


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