「隙 間」

2010年07月14日(水) 尋ね人

先日の週末の話。

三省堂から表の靖国通りに出てみたら、さあさあと雨か降り出したのである。

信号の青が点滅するタイミングを見計らい、向かい向かいと河岸を渡る。
楽器屋の大きな出庇の下で息を整え、やはり傘を差すべきかと鞄をごそごそしていたのである。

庇の下は、銘々が傘を差す算段をしたり、雨宿って様子をみようかと楽器屋のなかに入っていったり、気儘に固まったり散ったりしていたのである。

「幾つですか」

不意に訊かれた気がして、なにがと答えようとしたのである。

「Excuse me」

であった。
太ったスピルバーグと体格のよいジョディ・フォスターのようなご夫婦の、奥様のほうがわたしに尋ねてきたのである。

わたしは、英語などちんぷんかんぷんである。

アイラブユーとマリーミーと、「RENT」の歌詞の切れっ端くらいの、程度である。

「ジンボーチョー」

ほぇ?

「ジンボーチョー、ステーション」


地図の一点を指し示し、わたしの前に広げる。
どうやら神保町の駅にゆきたいらしい。

それなら、あすこの道をまっすぐいって、右側に、と答える。

遠い?
遠くない遠くない。
五百メートル、いやイチキロくらい?

Five hundred twenty‐five thousand six hundred minits...
How do you measure,measure a year?
(5,225,600分、一年間を何で数える?)

「How about LOVE?」

ではない。
まさか、一キロあるか、などとサラリと云われるとは思わなかったのである。

二、三百メートルくらいである、ときちんと答えておいた。

「Thank You」

奥様がニコリと微笑む。
すると旦那様のほうが、ふらりと店に入っていってしまった。
そのあとを奥様が追いかけようとし、クルリとわたしに振り返る。

「お店を覗いてからゆくわ」

律儀にわたしに断ったのである。

これはなんとなく、新鮮な印象を受けたのである。

いちいち、わたしだったら断るだろうか。
おそらく断らないであろう。

道が伝わらなかったのではないことは、重々わかっている。
であれば、ああ店に寄ってからゆくのだな、と容易に想像がつくのだから、わざわざ相手に伝えようとはしないだろう。

文化の違いか、はたまた個人の慣習の違いか。

「さて、トイレ行ってこよう」

と、テレビのコマーシャルになって立ち上がると、

「いちいちトイレに行くのを断らないで、黙って行ってきなさい」

と家族で言われていたわたしである。
今は、ひとりでも言いたい放題である。

うむ。
何だか例えの次元が違うように思えるが、とにかく新鮮だったのである。

ちなみに、会話はもちろんエングリッシュであったのだが、わたしは数字と地名とありがとうくらいしか聞いてはいない。

あいこんたくと、ちゅうがかのう。
あとは、ぼでいらんげっじちゅうやつじゃき。
世界皆兄弟っちゅうがかよ。

と、意訳し要約し、余白を想像で補ってやりとって会話した次第である。


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