先日の週末の話。
三省堂から表の靖国通りに出てみたら、さあさあと雨か降り出したのである。
信号の青が点滅するタイミングを見計らい、向かい向かいと河岸を渡る。 楽器屋の大きな出庇の下で息を整え、やはり傘を差すべきかと鞄をごそごそしていたのである。
庇の下は、銘々が傘を差す算段をしたり、雨宿って様子をみようかと楽器屋のなかに入っていったり、気儘に固まったり散ったりしていたのである。
「幾つですか」
不意に訊かれた気がして、なにがと答えようとしたのである。
「Excuse me」
であった。 太ったスピルバーグと体格のよいジョディ・フォスターのようなご夫婦の、奥様のほうがわたしに尋ねてきたのである。
わたしは、英語などちんぷんかんぷんである。
アイラブユーとマリーミーと、「RENT」の歌詞の切れっ端くらいの、程度である。
「ジンボーチョー」
ほぇ?
「ジンボーチョー、ステーション」
地図の一点を指し示し、わたしの前に広げる。 どうやら神保町の駅にゆきたいらしい。
それなら、あすこの道をまっすぐいって、右側に、と答える。
遠い? 遠くない遠くない。 五百メートル、いやイチキロくらい?
Five hundred twenty‐five thousand six hundred minits... How do you measure,measure a year? (5,225,600分、一年間を何で数える?)
「How about LOVE?」
ではない。 まさか、一キロあるか、などとサラリと云われるとは思わなかったのである。
二、三百メートルくらいである、ときちんと答えておいた。
「Thank You」
奥様がニコリと微笑む。 すると旦那様のほうが、ふらりと店に入っていってしまった。 そのあとを奥様が追いかけようとし、クルリとわたしに振り返る。
「お店を覗いてからゆくわ」
律儀にわたしに断ったのである。
これはなんとなく、新鮮な印象を受けたのである。
いちいち、わたしだったら断るだろうか。 おそらく断らないであろう。
道が伝わらなかったのではないことは、重々わかっている。 であれば、ああ店に寄ってからゆくのだな、と容易に想像がつくのだから、わざわざ相手に伝えようとはしないだろう。
文化の違いか、はたまた個人の慣習の違いか。
「さて、トイレ行ってこよう」
と、テレビのコマーシャルになって立ち上がると、
「いちいちトイレに行くのを断らないで、黙って行ってきなさい」
と家族で言われていたわたしである。 今は、ひとりでも言いたい放題である。
うむ。 何だか例えの次元が違うように思えるが、とにかく新鮮だったのである。
ちなみに、会話はもちろんエングリッシュであったのだが、わたしは数字と地名とありがとうくらいしか聞いてはいない。
あいこんたくと、ちゅうがかのう。 あとは、ぼでいらんげっじちゅうやつじゃき。 世界皆兄弟っちゅうがかよ。
と、意訳し要約し、余白を想像で補ってやりとって会話した次第である。
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