重松清著「青春夜明け前」
男子の、男子による、男子のための、珠玉の七つの物語。
女子と話をするだけで「たらし(女たらし)」とからかわれ、われこらボケェ、といわされるような、十代のまさに青春の夜明け前。
七十年代後半あたりの、重松さん自身の夜明け前を語るような物語である。
男子の、ということで、女子や女性は目をつぶってもらいたい。母や女であるならば、かわいいもんね、とあごに手をつき机にひじつき、涼しげに読み流していただきたい。
わたしが角川文庫の「ウンコくん」ストラップを手に入れたのは何を隠そう、本作品である。
ここにまた、運命を覚えてしまう。
ええか、しっかり毛が生えとるんが「ぽ」じゃなく、「こ」なんじゃ。
そう言われて、二週間後の修学旅行の風呂の自分を心、真剣に配する中学生の男子。
「ぽ」と「こ」は、そんな違うんかのぉ。 当たり前じゃ、われ。赤ん坊の柔らかいクソが「うんち」じゃけえ、でっかくなって固うなったクソが「うんこ」言うんと同じじゃ。
胃の裏っかわ辺りが、ハラミとの中間あたりが、こそばったくなる。
ラブレターをもらっただけで、 われ「たらし」じゃのう、調子に乗っとるんと違うんかっ
と唾を吐きかけていた男子が、途端に、今まで見向きも、いやむしろ、気持ち悪がっていたのが、
悪くないかもしれん。 いや、なかなか。 むしろ、ええじゃないか。
コロリ、である。
また。
田舎から東京に出てきて、一人暮らしをはじめる。 引っ越しの手伝いについてきた両親が六畳一間に一晩泊まり、翌朝、父親が、息子に、言う。
わしはもう来ないけえ。 この先、二度とここには来ん。 ここは、これからはお前の街じゃ。お前の街に親父が来るんも、落ち着かんじゃろ。
わかる気がする。
地元にずっと暮らしているのとは違い、わたしは違う街に暮らしている。
地元の街は「故郷」と言う街であり、自分が生まれ育った街である。
しかし。
そこはもちろん、両親が選んだ、住みはじめた街であり、当然、そこに暮らす「家族」の街である。
そして、今わたしが暮らしている街は、紛れもなくわたしの街なのである。
であるから地元の、故郷の街に帰ると、半分の昔のわたしと同時に、今のもう半分のよそ者のわたしが、膝を落ち着かせずにムズムズとさせるのである。
夜明け前まで自販機の灯りの前で語り過ごした街であり。 やはり帰るべき街、でもある。
人生夜明け前。
いい歳にもなって恥ずかしいが、きっと、もしも今わたしが家族を持っていたとしても、夜明け前、だと思う。
愛すべき人ができた。 守るべき人が生まれた。
それは、それら大切な人との新しい朝のはじまりであって、自分自身の夜は明けることなくしじまに横たわったままなのである。
城崎にて、夜明け前。
である。
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