「月に囚われた男」
をギンレイにて。
デヴィット・ボウイの息子が監督した作品である。 低予算で、しかしそうと思わせない、なかなか面白い作品であった。
地球の有限資源が底を尽き、人類は月資源によって社会を維持していた。
月資源の採掘はたったひとりの男に託され、月面の採掘基地に三年間の契約で、人工知能搭載のコンピューターだけが話し相手として作業に従事する。
もうすぐ三年間が終わる。 地球に帰れる。 妻と幼い娘に会える。
そんなとき、自分以外にはいるはずのない人間の幻覚が見え始め、やがて採掘作業中に事故に遭って気を失ってしまう。
目覚めると基地の診療室のベッドで、自分そっくりの、自分と同じ名を名乗る男と出会う。
いったいどういうことなのか。 地球に帰れるのか。
そもそも、どこかおかしい。 会社は何を隠しているのか。
なかなか興味深い作品である。
地球と直接の連絡が取れない。 通信衛星の故障で、常に録画通信だけしか許されていない。
故障ではなく、妨害電波が基地の周囲から発せられていた。
自分のクローンが、何人も、隠され保存されていた。 自分もクローン、らしい。
もうひとりの自分と協力し、妨害電波の外から直接地球の我が家に連絡してみると、三歳のはずの娘が十五歳になって出た。 妻は数年前に亡くなった、らしい。
過去の基地内の記録に、何人もの自分が帰還用カプセルに入ってゆく姿が残されていた。
クローン同士が顔を合わせることは、本来ないはずだった。
記憶の移植の、ほんのわずかなほつれ、つじつま合わせが、事実を露わにしてゆく。
経費削減。 クローンのひとつの、悪しき可能性。
現在、クローン技術の進歩により確実に、倫理問題をのぞけば実現、いや現実化できる問題である。
命と生物。
製薬会社だかどこかの生体実験で、ラットだったかの使用を廃止した。
良かれ悪しかれ、プログラムや理論上で概ね代用すべきが、正になるのかもしれない。
人工臓器か。 クローンによる生体移植用臓器か。
そんなことも、すぐに現実として、やがては倫理観による議論の的にもなりうるのである。
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