湊かなえ著「告白」
ミステリーと冠するものは手にしないわたしではあるが、ついうっかり、というのがある。
今やふたたびの話題作である。
これは、いい。 潔い。
引き合いにだすのが正しいかわからないが、小川洋子の閉ざされた静イツな世界、のようで、しかし、そこは何のタガもなく、ただ内に向かう、果てしなく閉じた世界の果てしない静かな世界、である。
全編が、それぞれの告白、独白によって語られる。
幼い我が子を殺された女教師。 担任である女教師の幼な子を殺した少年A、B。 彼の母。同級生。
純で幼いが故の少年らの勝手な葛藤、自尊心、思い込み、思い上がりのために、愛しの幼な子を殺された母の復讐劇。
これはミステリーではない。 なぜなら、何も、解決、完結させていないのである。
いや、物語は完結しているのだろう。 しかしそれは、すべての告白を聞いた読者の中の、頭ではなく胸のどこか隅っこに、ぽっかりと暗く濃く深い穴を開け、そこから得体のしらなさがあふれ出させてくる。
これが映画化。
観覧者の感想で、
エグい。 ここまでやらなくても。
などなど、描写に対してか、内容に対してか、ようく目に耳にする。 しかしこの程度のことは、現実的にありうることである。
ありうることだからこそ、ひとはより嫌悪感や残酷さを肌に体感することができるのである。
現代の少年たちの周りに渦巻く、大人でも持て余すほどの情報量。
わたしの頃のように、順を追って、その段階に応じた知識に触れてゆくのではないのである。
生きるという喜びや悲しみや、近道や回り道を覚えてゆく前に、いきなり生か死かを眼前に晒されてしまう世の中である。
この作品がギンレイで上映されることになるよう、是非期待したい。
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