「シリアの花嫁」
をギンレイにて。 ゴラン高原に暮らすモナは、結婚することになった。 相手の元に嫁ぐには、「境界線」を越えなければならない。
ここはシリアである。 いやイスラエルである。
その境界線。
「境界線を越えた者は、二度と戻れない」
家族とも二度と会えないのである。 相手は親戚とはいえ、一度も会ったことがない。
国には戻れず。 家族にも会えず。 たったひとり。
そこに嫁ぐのである。
どれだけ不安か。
結婚式の日。 「境界線」での最後の出国手続きで、足止めをくらってしまう。
フェンスの彼方には、花婿ら一同が待っている。 しかし、いつまでたっても、許可がおりないのである。
パスポートに、シリアの出国印がおしてあった。 それは直前に書式が変わり、イスラエル側には何も伝えられていなかったのである。
「花嫁は、イスラエルのなかを移動するだけだ。シリアの出国印がある限り、認められない」
と突き返されてしまうのである。
国も家族も捨てる覚悟を決めてきたというのに、なんということだろう。
「ダメなものはダメだ。結婚式は延期してやり直せ」
そんなばかな。
双方、正式な手続きであるから、解決などできやしない。
関係所管はどこも連絡がとれない。
フェンスの前で、じっと待たされ続ける花嫁。
いっそこの機に、結婚などやめてしまって家に帰ってしまったら。
そう、思うだろう。
しかし彼女は、出国してしまっているのである。 もはや、帰ることはできない。 しかし、ゆくこともできないのである。
何度も、彼女の結婚式を無事行えるよう、国連の事務係が往復を繰り返す。
それでも、ついにどうしようもなくなってしまう。
皆が紛糾し目を反らしているうちに、彼女はフェンスが開いた隙をついて、ゆっくりと花婿らが待っているイスラエル側へと、歩いてゆく。
誰も止められない。
向こうに着いたとき、どうなるのかもわからないのである。
不法入国。
目の前で。
それでも彼女は、嫁ぐことを決めたのである。
彼女が最後に、見送るフェンスの向こうの家族に振り返る。
穏やかなその顔を見たそのとき。
なぜか胸が熱くなった。
結婚とはつまり、そういうことなのである。
文化歴史宗教政治の違いがあれども、男はそれを忘れてはならないのである。
中東のあたりはまだまだ男性社会であるから、さらに顕著である。
そして男たちは愚かなほど、見栄や体面や誇りにこだわる。
そこもまた、少なからず万国共通であったりするのである。
それはまた、わたしも例外ではないのかもしれないのである。
この最後に襲われる胸の熱さを確かめたいならば、本作を手にしてみていただきたい。
|