「隙 間」

2010年04月18日(日) 「戦場でワルツを」線上で現を

「戦場でワルツを」

をギンレイにて。
レバノン、パレスチナ、サブラ・シャディールの虐殺……。

監督の実体験を元に、実写では不可能だろうとされる悲劇を、紛れもなく現実にあった惨劇を、アニメーションによって作品化したものです。

とても期待していました。
気合いと気負いを背負って、勇んでギンレイのシートに、尻を沈めました。

そして。
沈みました。

ショックです。
物語も佳境に迫りはじめ、いよいよというところのあたりで、襲われてしまったのです。

不意に、脳みそをワシ掴み。

あかん、と思ったら、エンドロールが流れてました。

最悪です。
昨日のことです。

なので、今日再び観にゆきました。

サブラ〜の悲劇は恥ずかしながら、正直、全く知りませんでした。

知らなくてもこうして暮らしてゆける。

どれだけ平和な国に、時代に、自分がいるのかが、うすら寒く思ったりもします。

戦争によるPTSDに関しては、米軍のイラク派兵のドキュメンタリーなどを観たりしたことはありました。

州軍として派兵された女性たちが、帰国しても我が子を、恐ろしくて抱きしめることが出来ないのです。

彼女は援助物資の配給部隊として後方の安全なはずの地域の村々に、物資を配っていました。

喜びと安堵と笑顔に駆け寄ってくる子ども達。

輪の後ろにいた少年が、突如、背中に隠していた銃を彼女に向けて構えたのです。

彼女は、何も考える間もなく、気がつけば銃を少年に向けて撃ち続けてました。

身を守る為、戦場に向かう者は条件反射でそうなるよう訓練でたたき込まれるのです。

ですから、仕方がないのです。
そうしたからこそ、彼女は無事生きて任期を終え、愛する我が子、家族が待つ母国へと帰ることができたのです。

しかし、空港で出迎えた我が子が彼女に、お母さんに駆け寄って抱きつこうとしたとき。

彼女はパニックになり、我が子を拒絶し、逃げ出してしまったのです。

我が子が、銃を構えた少年の姿と重なる。

少年に向かって感情以前に、条件反射で銃を撃ち続けていた自分のこの腕。

帰国後半年が経ってもまだ、彼女はリハビリ施設に入院していて、面会にくる我が子は遠くから見るだけしか、できずにいるらしいのです。

話を本作に戻しましょう。

そんな非現実な恐ろしい戦場での記憶が、ぽっかりと抜け落ちてしまっている映画監督が、その記憶を取り戻そうと当時の部隊で一緒だった者たちを訪ね、話を聞いて回ります。

彼が我が身を守る為に封印していた記憶。

事実を知りながら、傍観し、見殺しにせざるを得なかった、パレスチナ難民大虐殺。

わたしが前日意識が途切れたのは、まさに。

これまでアニメーションだったのが一転し、当時の大虐殺直後の難民キャンプの実写映像でした。

泣き叫び訴える老婆。

瓦礫に埋もれ、のぞかせていない子どもの死体。
路地裏に目の高さにまで積み重ねられた男たちの死体。
中庭に折り重ねられた女子どもたちの死体。

ゲリラなどいないのに、いるとして彼らの纖滅作戦の名の下に行われた難民大虐殺。

発覚後、しかしいまだに誰もその罪を問われていないのです。

監督は、ただ命令通りに照明弾を夜間、キャンプに打ち上げていただけでした。

まさか虐殺のためだとは知らずに。

国軍がやったのではない。民兵が勝手にやったのだ。

キャンプを見下ろせる作戦本部に、虐殺が行われているようです、と報告をしても、

報告をありがとう

と返されておしまいだったそうです。

何故、虐殺が行われたのか。

民族と宗教と政治の醜い争いが、あります。

戦争は、いや、戦うということは、非日常に身を置くということです。

たとえば受験でも、仕事でも、生活でも。

非日常でなければ、人は戦えないのです。

非日常から日常に戻るとき、人は何をどうするのでしょうか。

カメラマンはカメラがある限り、戦場でも被災地でも事故現場でも、乗り込むことができます。

カメラを失ってしまったら、彼はたちどころに日常に引き戻され、恐怖や悲しみで身動きがとれなくなったそうです。

わたしは「書く」ということが(でき)なくなったとき、ようやく日常に引き戻されることになるのかもしれません。

もとい。

「戦場でワルツを」

九十分の素朴で独特なアニメーションですが、残酷な描写はありません。
むしろポップな表現がほとんどですので、ご覧になってみてください。


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